「なぜか出鼻をくじかれる人」と「くじかれない人」。その差は一体どこにあるのか?
会社を辞め、家を売り、無線機も持たずに航海に出た夫婦。自作した船でイギリスからニュージーランドに向かったが、ガラパゴス沖で突如クジラに襲撃され海に投げ出された。事実は小説より奇なり。118日間、生死をさまよう最上級のスリルと人生模様を堪能できる全米ベストセラー『極限の漂流118日間』をもとに、「出鼻をくじかれる人とくじかれない人の違い」をライター照宮遼子氏がレポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)

頑張っているのになぜか出鼻をくじかれる人Photo: Adobe Stock

なぜか出鼻をくじかれる人の特徴

 以前、朝起きて炊飯器を開けると、予約ボタンを押し忘れたらしく、ごはんが炊けていなかったときがある。
 こんな凡ミスは初めてで、疲れているのかもしれないと思った。仕方なく、簡単に朝ごはんを済ませた。

 その後、出かける前に洗濯物を干そうと窓を開けた瞬間、強い風が吹き込み、網戸が外れて倒れた。なんとか元に戻して洗濯物を干し、家を出た。ようやく駅に着くと、電光掲示板には運転見合わせと表示されていた。今日は厄日なのかもしれない。

 極地旅行家の角幡唯介氏が「漂流者だけが知る、あらゆる人間性がはぎとられた先にある生き物としての生。それに圧倒される」と評し、解説を寄稿した『極限の漂流118日間』(ソフィー・エルムハースト著/村井章子訳)という本がある。
 この本には、新造ヨット「オーラリン二世号」の進水式が散々な結果に終わるシーンがある。

新しい船の門出がこんなみっともないものになるなんて、モーリスとマラリンは考えてもみなかった。(中略)
「まったくのところ、とんだ失態だった」とモーリスは総括している。
これは予兆だったのかもしれない。

――『極限の漂流118日間』より

気をつけるべき2文字の言葉とは?

 シャンパンはなかなか割れず、船も進水の途中で止まり、船架まで曲げてしまった。
 その時点では、進水式で不運が重なったという以上の意味はまだなかった。

 しかし、その後の展開を知ってから振り返ると、当時別々に起きた失敗が、ひと続きの出来事に見えてくることがある。最初から何かが始まっていたように感じられ、「あのときの失敗はこの先を示していたのではないか」という意味が加わるのだ。

 新しいプロジェクトの初日に問題が続き、その後うまくいかなかったとしても、最初に起きたことのすべてが原因だったとは限らない。
 それらを「最初からおかしかった」と一つにまとめてしまうと、どこを改善すればよかったのかが見えにくくなる。

 必要なのは、幸先の悪さに意味を持たせることではなく、結果に影響した問題と、ただの偶然を分けることかもしれない。

 進水式の失敗を「予兆だった」の一言でまとめれば、話はきれいにつながる。
「予兆」という2文字は、バラバラの出来事を一つにまとめるにはあまりにも便利なのかもしれないが、極めてケアすべき言葉なのかもしれない。