いろいろな会社で仕事をしてみると、「もう顔も見たくない上司」と「信頼できる上司」が確実にいる。その差は一体どこにあるんだろう? USAトゥデイが「ページをめくる手が止まらない!」と評した世界的ベストセラー『極限の漂流118日間』をもとに、両者の違いについて、ライターの照宮遼子氏がレポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)
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いい知らせのはずなのに――
私は大学生のころ、洋服屋でアルバイトをしていた。
年に何度か売上キャンペーンがあり、その時期になると店全体が慌ただしくなる。
みんなで目標を追う中で、特に目立っていたのは契約社員の先輩だった。
お客様への声かけも、シフトに入る日数も、他の誰よりも多かった。
結果、目標は達成でき、それを伝える朝礼では拍手が起きていた。
もちろん、店として達成したことに間違いはない。
でも、あの先輩がどれだけ動いていたのかにも、少しは触れてほしかった。
なぜ「誤報」は起きる?
「漂流者だけが知る、あらゆる人間性がはぎとられた先にある生き物としての生。それに圧倒される」と角幡唯介氏が評した『極限の漂流118日間』(ソフィー・エルムハースト著、村井章子訳)には、救助後、ふたりの体験が報道されていく場面がある。
だが最初に報じられた内容は、事実とは大きくかけ離れていた。
クジラも沈没もラフトも無視され、マラリンにいたっては名前さえ出てこない。
――『極限の漂流118日間』より
118日間は、ただ助けを待っていた時間ではなかった。
その間に何を考え、何を選び、どうやって一日ずつ越えてきたのかは、第一報ではほとんど扱われていない。生き延びるために、ふたりはあらゆる手段を尽くしていた。
悪意があったわけではないだろう。
「誰が助かったのか」「何が起きたのか」という大枠さえ伝われば、報じる側の役目は終わってしまうからだ。
ダメ上司の共通点とは?
仕事の現場ではどうしてもわかりやすさが優先されやすい。
目標を達成した、無事に終わった、助かった――それだけで何が起きたかは伝わる。
だが、その言葉だけを聞いていると、そこに至るまでの時間はすっぽり抜け落ちてしまう。
大事なのは、結果の一言だけで終わらせないこと。
なのに、ダメ上司は結果だけを見て話す。
一方、信頼できる上司は、結果に至るプロセスを大切にしながら結果を見て話す。
夫モーリスと妻マラリンにも、海の上で一日ずつ越えてきた時間があった。
何が起きたかだけでなく、その背景にどんな積み重ねがあったのかを考えられるかどうかで、同じ出来事の受け取り方は変わってくるだろう。








