佐藤優 知を磨く読書写真はイメージです Photo:PIXTA

最前線で働くビジネスパーソンが押さえておきたい、時代の変化とその背景を理解する上で欠かせない注目書籍を作家で元外交官の佐藤優さんが厳選する。動乱の南北朝時代が現代の日本人に与える示唆とは?歴史ミステリーが教える、生成AIを使いこなす人が自覚すべき「限界」とは?MITで落第を経験した大前研一氏が徹底的に鍛え直した思考とは?『南北朝時代』『遠近法』『大前研一入門』の3冊から「ここだけは読んでほしい重要な箇所」を紹介する。(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)

二つの朝廷が「正統性」を争った南北朝時代
動乱の時代が現代の日本人に与える示唆とは?

 福岡大学名誉教授の森茂暁氏の『南北朝時代』は、日本史の中でも理解しにくい時代の一つである南北朝時代に関する優れた作品だ。二つの朝廷が並立し、天皇、将軍、守護、武士、寺社、公家が複雑に結び付きながら離反を繰り返した。森氏は、この複雑さを単なる「北朝対南朝」の対立に還元せず、鎌倉幕府の崩壊から室町幕府による新しい統治秩序の形成までを、一つの巨大な政治変動として描いている。

森 茂暁著『南北朝時代』講談社現代新書、2026年5月刊行森 茂暁著『南北朝時代』講談社現代新書、2026年5月刊行

 本書を読む上で重要なのは、「正統な権力とは何か」という問いである。森氏は南北朝の動乱について、次のように記す。

〈一条経通は、万世一系であるべき天皇のポストが二つに分裂したことを慨歎し、そこに社会の衰乱の根本要因を求めているのである。

 たしかに南朝と北朝は一条経通の言うように、利害を異にする政治勢力の結集の中核ではあったと言ってよい。しかし時代を動かしたのはあくまでも、そこに結集した多くの人間たちの主体的な行動であったことを忘れてはならない〉(8ページ)

 国家は制度だけでは維持できない。誰が最終的に決定し、その決定を人々が正統なものとして受け入れるかという政治的権威が必要である。南北朝の争いとは、まさにこの正統性を巡る争いであった。

 興味深いのは、著者が動乱を破壊だけではないと捉えている点だ。鎌倉幕府滅亡後の混乱の中から建武政権が生まれ、それが崩壊すると足利政権が成立し、観応の擾乱などを経て、最終的には足利義満の下で公武を統合する新しい秩序が形成される。守護の権限強化や荘園制の再編も、この過程と不可分であった。

 インテリジェンスの観点から見ても面白い。政治を理解するには、理念や制度だけでなく、権力者相互の人間関係、利害、離合集散を追わなくてはならない。本書を読むと、政治とは究極的には「誰が誰に従うのか」を巡る営みであることがよく分かる。南北朝時代は遠い過去ではない。国家の統治能力と政治権力の正統性が揺らいだとき、社会に何が起きるのかを考える上で、現代の日本人にも多くの示唆を与える一冊である。