地図は、ただ眺めるだけでも楽しい。だが、歴史の本や旅行記を読みながら、人物の移動や街道、航路などを書き込んでみると、その面白さは一段深くなる。文章では別々に見えていた出来事が、地形や距離、位置関係と結びつき、「なぜここで争いが起きたのか」「なぜこの都市が栄えたのか」が見えてくるからだ。本稿では、『地図で学ぶ深読み世界史』の著者、世界史講師の伊藤敏が、地図を“見るもの”から“考える道具”へと変える、とっておきの楽しみ方を紹介する。

【地図好きならすぐやって】眺めるだけでは気づかない、地図の楽しみ方・ベスト1Photo: Adobe Stock

地図に「一本の線」を引くだけで、歴史の見え方が変わる

 地図の楽しみ方はいろいろあるが、最もおすすめしたいのは、実際に地図へ書き込んでみることである。

 地図は、ただ眺めているだけでも面白い。しかし、本や資料を読みながら、そこに出てきた国や都市、街道、航路などを書き加えていくと、地図の見え方は大きく変わる。文章で読んだ内容が、現実の位置関係と結びつくようになるからである。

 たとえば、歴史の本にある国同士の争いや、人物の移動、交易の広がりを文章だけで読んでいると、それぞれの出来事を個別の知識として覚えることになりがちである。ところが、地図に国境や移動ルートを書き込んでみると、なぜその場所が争われたのか、なぜその都市が栄えたのかといったことが、視覚的に理解できるようになる。

 山脈や河川の位置を確認し、そこに街道や進軍ルートを書き入れれば、「この山があったから、こちらには進めなかったのか」「この川に沿って人や物が移動したのか」といったことも見えてくる。文章では離れていた情報が、地図の上で一つにつながっていくのである。

 もちろん、紙の地図や地図帳に直接書き込むことには抵抗があるかもしれない。せっかく買った本を汚したくないという人もいるだろう。そういう場合は、地図をコピーしたり、スキャンしてデータにしたりする方法がある。現在では、スマートフォンやタブレット、パソコン上で、画像や電子書籍の地図に文字や線を書き込むこともできる。

きれいに書く必要はない、気になった場所に印をつけよう

 大切なのは、きれいに仕上げることではない。気になった地名に丸をつけたり、人物が移動した方向に矢印を引いたり、重要な場所の横に短い説明を書き加えたりするだけで十分である。読んだ内容を、その場で地図に反映していくことに意味がある。

書き込んだ地図は「自分だけの情報地図」になっていく

 書き込みを続けていると、最初は何もなかった地図が、自分だけの情報地図に変わっていく。同じ地図を使っていても、どの場所に注目するか、何を書き込むかは人によって違う。完成した地図には、その人が何を面白いと思い、どこで立ち止まったのかが表れるのである。

 さらにこだわりたい人は、地図の上に薄い紙を重ねて、地形や国境、ルートを自分の手でなぞってみるのもよいだろう。実際に線を引くと、ただ見ているときには気づかなかった形や距離感がわかる。海岸線の複雑さや、山脈の長さ、国と国との位置関係なども、手を動かすことで頭に入りやすくなる。

 地図を書き写す作業は、一見すると遠回りに思えるかもしれない。しかし、自分の手で描くと、その場所に対する理解は確実に深まる。どこに都市を置くか、どの方向に線を引くかを考えるため、地図を細かく見るようになるからである。

 こうした楽しみ方は、歴史の本に限らない。旅行記を読むときには、登場人物が歩いた道を書き込むことができる。小説なら、物語の舞台や登場人物の移動を地図上で追うことができる。ニュースを読むときにも、出来事が起きた場所や周辺の国々を確認し、関係する地域を印してみると、理解しやすくなる。

 地図は、完成されたものを受け取るだけのものではない。自分で情報を足し、自分の関心に合わせて育てていくことができる。書き込むことで、地図は単なる場所の一覧ではなく、知識を整理し、考えるための道具になる。

 見るだけでは気づかなかったつながりが、線を一本引くことで見えてくる。名前を書き加えることで、ぼんやりしていた場所が具体的になる。地図の本当の面白さは、完成された図を眺めることだけではなく、自分の手で情報を重ねていくところにあるのである。