世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”出口治明元APU学長。宮部みゆき氏などから絶賛されている出口氏の『哲学と宗教全史』をもとに、哲学と宗教の視点から探る「マルクスの仕事論」とは? ライターの照宮遼子氏がレポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)
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早く終わらせたい仕事、頑張れる仕事
会社員時代、できるだけ残業をしたくなかった。
だから就業時間中は、なるべく集中して仕事を終わらせようとしていた。
でも、早く終わっても、結局、別の作業を頼まれる。これでは、いくら働いてもきりがない。
一方、フリーランスになった今、仕事を多めに引き受けてしまうことがある。
もちろん大変だし、締切前に苦しくなることもある。
それでも「やってみたい」と思って受けた仕事なら、もう少し頑張ろうと思える。
なぜマルクスは「労働」を問題にしたのか?
労働とは、本来、命じられた作業をこなすだけのものではない。
それが資本主義の中でどのように変わってしまうのかを考えたのが、『哲学と宗教全史』(出口治明著)で紹介されている、ドイツの思想家カール・ハインリヒ・マルクス(1818~1883)である。
――『哲学と宗教全史』より
生産手段とは、工場や機械、お金など、仕事を生み出す側が持っているもののことだ。
それを持たない労働者は、仕事の内容だけでなく、働いて生まれた利益が自分にどれだけ返ってくるかも決めにくい。
働くことが苦しくなるのは、忙しいからだけではない。
自分で働いているはずなのに、その仕事に自分の意思を感じられなくなることも、苦しさにつながるのかもしれない。
働くことへの見方が変わる!
条件だけを見れば、悪くない仕事はたくさんある。けれど、その仕事をしてよかったと思えるかどうかは別だ。給料が高くても、ただ疲れただけで終わる仕事もある。
仕事があることや、収入を得られることは大切だ。
だが、マルクスの思想を知ると、それだけを理由に、自分の違和感を無視しなくてもいいのだと思えてくる。
その仕事に、少しでも前向きに関われている感覚はあるか。そこに目を向けると、仕事との向き合い方も少し変わってくる。





