世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”出口治明元APU学長。宮部みゆき氏などから絶賛されている出口氏の『哲学と宗教全史』をもとに、哲学と宗教の視点から探る「ホッブズが説いたこと」とは? ライターの照宮遼子氏がレポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)
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車内全員がスリに見えたローマの出来事
以前、ローマで電車に乗ったとき、車内は山手線のラッシュのように混んでいた。
「スリが多い」と聞いていたせいで、私はチャック付きのカバンを体の前で抱えていた。近くで誰かが動くだけで、思わずそちらに視線が動く。
相手は、ただスマホを取り出そうとしていただけかもしれない。
だが、そのときの私には、車内の全員がスリに見えていた。
何かを盗られたわけでも、危ない目に遭ったわけでもない。
それでも電車を降りるまで、体の力はずっと抜けなかった。
ホッブズが説いた「万人の万人に対する戦い」とは?
人が集まれば、自然に平和な社会ができるわけではない。
むしろ、それぞれが自分の安全や利益を守ろうとすると、争いは避けられなくなることがある。
この人間の危うさを、社会の成り立ちから考えたのが、『哲学と宗教全史』(出口治明著)で紹介されている、イギリスの哲学者トマス・ホッブズ(1588~1679)である。
人間が自然状態のままで生きていた頃は、彼らはいつも闘争状態にあったのであると。(中略)
その状態をthe war of all against all.「万人の万人に対する戦い」と表現しました。
つまり、自然状態の中では自然法は不完全であったと考えたのです。
――『哲学と宗教全史』より
ホッブズがいう「自然状態」とは、人々をまとめる国家や法の力がまだ十分に働いていない状態。そのため、人は自分を守るために行動し、その結果、争いが生まれやすくなる。
ホッブズは、争いを止めるためには、人々をまとめる「共通の権力」が必要だと考えた。
それが、のちに「社会契約説」と呼ばれる考え方につながっていく。
安全に暮らせることへの見方が変わる!
平和な日常は、何もしなくても自然に続くものではない。
法やルールが働いているからこそ、人は安心して過ごせる。
ホッブズの思想に触れると、人を信じられる環境は、自然に生まれるものではないとわかる。
人の善意だけに頼らず、社会の秩序をどう支えていくのか。
いつもの暮らしを、その土台から見直す視点を与えてくれる。





