世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”出口治明元APU学長。宮部みゆき氏などから絶賛されている出口氏の『哲学と宗教全史』をもとに、哲学と宗教の視点から探る「アリストテレスが説いた中庸」とは? ライターの照宮遼子氏がレポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)

【哲学と宗教】正論を言っても嫌われない人だけが知っている、アリストテレスの「中庸」とは?Photo: Adobe Stock

正しさが人を傷つける時代

 落ち込んでいる人に、つい助言をしたくなることがある。
 早く気持ちを切り替えたほうがいい。もう終わったことなのだから、前を向いたほうがいい。
 その考え自体は、間違っていないのかもしれない。
 けれど、その言葉を受け取った人は、悲しむ時間さえ奪われたように感じてしまうことがある。

 正しいことを言っているはずなのに、なぜか相手の表情が曇る。
 励ましたつもりなのに、かえって距離ができてしまう。
 そんな経験は、誰にでも一度くらいあるのではないだろうか。

アリストテレスの「中庸」とは?

 この難しさを考えるうえで手がかりになるのが、アリストテレス(BC384~BC322)の「中庸」である。
 行為や感情の「超過」と「不足」のあいだに徳を見いだす考え方であり、『哲学と宗教全史』(出口治明著)では、次のような例が紹介されている。

ある日、鬼が表戸を破って侵入してきたとき、素手で殴りかかるのは食われるだけの蛮勇にすぎない。
しかし、怖がって隠れてしまうのは臆病なだけである。
やっぱり武器を持って知恵を絞り、勇気を持って鬼と戦うことだ。
――『哲学と宗教全史』より

 中庸というと、つい何事もほどほどにすることだと思ってしまう。
 けれど、アリストテレスが見ていたのは、単なる真ん中ではない。
 その場で何が必要かを見極め、ふさわしい行動を選ぶことである。

 言葉も同じである。
 正しさを強く出しすぎれば、相手を追い詰める。
 傷つけることを恐れて黙れば、必要な言葉まで失われる。
 大切なのは、いつ、どんな言葉で伝えるかである。

正しさと思いやりのあいだで、揺らがないために

 人間関係では、正しさだけではうまくいかない場面がある。
 アリストテレスの中庸は、そうした難しさを考えるための知恵である。
 今、自分はどのように振る舞うべきか。その判断に、その人の徳が表れるのだろう。
 本書は、哲学者たちの思想を単なる知識として紹介する本ではない。正しさと思いやりのあいだで迷う私たちに、人との向き合い方を教えてくれる一冊だ。