仕事や家事に追われ、ふと気づけば過ぎ去っていく毎日。「いつもと同じ日常」を繰り返しているように感じていませんか? しかし、私たちが「当たり前」だと思っている目の前の景色は、本当はたった一度しか訪れない一瞬の連続なのかもしれません。本記事では、ベストセラー『13歳からのアート思考』著者・末永幸歩氏の6年ぶりの新刊『「いまを生きる力」を取り戻す 感性の教室』から内容を一部抜粋して、世界を深く見つめるためのヒントに迫ります。

夜空Photo: Adobe Stock

この世界は、二度と出会えない「最後の景色」であふれている

この1週間で、夜空を見上げたことはありますか?

「昨夜、ゆっくりと夜空を眺めていました」という人は、素敵な感覚をお持ちだと思います。一方で、見上げたとしても記憶に残らないほど一瞬か、「最後に月を見たのはいつのことだっけ……」と思い出せない人も多かったのではないかと思います。
もしそうだったとしたら、それは次のような確信があるからかもしれません。

夜空はいつも同じくあるものだ。
いま月を見なくても、その気になればいつだって見られる。

村上春樹の『1Q84』という小説に、月に纏(まつ)わるある印象的な描写があります(※)。
それは、主人公の「青豆(あおまめ)」がある夜一人で空を見上げる場面です。そのとき、いつもの月のすぐ隣に、「いくぶんいびつで、色もうっすら苔が生えたみたいに緑がかっている」もう1つの月が浮かんでいるのに気づくのです。
もちろん、これは物語のなかの出来事にすぎません。しかし私にはそれが「絶対にありえない」とは言いきれないことのような気もするのです。

思い起こしてみてください。

子どものころいつも一緒にいた幼なじみと、最後に遊んだのはいつでしたか?
最後に家族全員でそろって出かけ、キャッチボールをしたのは?
「じゃあ、またね」とこれから別れるその人に、再び会う可能性は……?

その時々のあなたにとって、それらは「いつも同じようにあるもの」や「その気になればいつだってできること」であり、まさかそれが最後かもしれないなんて思いもしないことでしょう。
しかし実際には、あのときの幼なじみや家族、あのときの自分自身、あのとき目にしていた景色にも、二度と同じようには出会えません。
これから別れるその人にも、夜空に浮かぶ月にだって同じことがいえます。あらゆるものごとは、いっときとして同じではなく、刻一刻と変化しているのです。

だからこそ私たちは、目の前の世界に「新鮮な視線」を注ぎ続ける必要があります。

そんなまなざしで世界を捉え直すとき、これまでなんの変哲もないと思えていた日常が揺らぎ、ガタガタと崩れていくような感覚に襲われるかもしれません。
しかし同時に、いまこの瞬間にあなたのそばにあるもの、いまあなたが目にしているもの、いま起こっていることのすべてが、ただ一回かぎりの巡り合いなのだと受け止められるのではないでしょうか。

※村上春樹『1Q84 BOOK1〈4月-6月〉後編』新潮文庫、2012年、104ページ参照。