その3「美学」
また、美学についても岡田監督の言葉を紹介したいと思います。
フィロソフィーについては、マスコミさんがいる前では話したことがないのですが、最近はこの話を選手にもしなくなった。というより、する必要がなくなった。だから今日はちょっと簡単にお話ししようと思います。
1つは「Enjoy」と言っています。「楽しむ」ということなのですが、英語で言っているのは日本語で「楽しむ」と言っても何かピンとこないからです。
日本代表選手になるくらいの奴は子どものころ、「俺にボールよこせ」「俺にボールよこせ」とお山の大将です。プロだろうが日本代表だろうがW杯だろうが、そのサッカーを始めたときの喜びやボールを触る楽しみを絶対忘れてはいけないということです。
大人になってくると、「今、ちょっとボールいらない」とだんだんなってきます。なぜか? 「プレッシャーが強いし、ミスをしそうだ」ということで守りに入っているからです。そうしてうまくなった選手を今まで見たことありません。相手を恐れておどおどプレーしたり、ミスを恐れて腰の引けたプレーをしたりする姿は絶対見たくない。「みんながピッチの上で目を輝かせてプレーする姿を見たい」ということです。
Enjoyの究極はどういうことかというと、自分の責任でリスクを冒すことなんです。日本の選手は「ミスしてもいいから」と言ったら、リスクを冒してチャレンジをするんです。ところが「ミスするな」と言ったら、途端にミスしないようにリスクを負わなくなるんです。(中略)
2つ目に「our team」という言葉を言っています。「みんな、自分のチームという意識がないな」ということでフィロソフィーを作ったので、これが一番大事と言えば大事なのですが、「このチームは誰のチームでもない。俺のチームでもない。お前ら1人1人のチームなんだ」ということです。
でも、そう言っても「自分のチームだ」なんて思う人はなかなかいない。たとえば、日本人だとコーチが「チーム全員で声を出して体操」と言ってやるでしょ。でも、3分の1くらいしか声を出さない。「おいお前、今コーチが全員でと言わなかったか?」と言ったら、「いや、僕が声を出さなくても誰かが出します」と答えてきて、「みんながそう思ったらどうなるんだ。1人1人が自分のチームと思わないとどうするんだ」と言うようなものです。(中略)
たとえば、会社の商品が売れないで倒産しそうなときに、「僕は経理ですから」とか言っていたらダメ、どんなにすばらしい計算をしても会社が倒産したら一緒です。残り時間10分で0対1というのは、「みんな外に出て商品を売ってこい」というときです。でも、僕はそれをやらせてしまっていたわけなんですけどね。自分のチームを「キャプテンが何とかしてくれる」「監督が何とかしてくれる」と思わせてしまっている。「違う。お前が何とかするんだ、このチームを」ということなんです。
ワールドカップベスト4に勝ち残るためのやり方は何通りもあるでしょう。でも、岡田監督が選択したのは「規律」と「突出した個」でもなく、「enjoy」と「our team」だったのです。成し遂げるためには、メンバーの力を最大限引き出し、またそしてさらに多くのメンバーを引き寄せる、そんな美学が必要なのです。場合によっては、組織における美学の純度を保つためには、共感できないメンバーには退場願うという苦しい選択や、ハードスキルでは非常に優秀な人材でも美学に共感できない候補は採用しないという強い意思が必要です。