「人に頼るのがヘタすぎて見ていられない人」の頭の中はどうなっているのか?
本記事では、山口周氏に「決して寝る前に読み始めないこと。一度ページをめくってしまうと止めるのは不可能です。」と絶賛されている『極限の漂流118日間』をもとにライター照宮遼子氏に寄稿いただいた。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)

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海の上でどうやって支え合っていたのか?

 以前働いていた会社で異動した部署には、私より長く働いている後輩がいた。
 上司を除けば、正社員は彼女ひとり。仕事ができ、部署の事情にも詳しかったので、わからないことがあると、みんな何でも彼女に聞いていた。

 彼女は常に多くの案件を抱えていたが、私の退職が決まると、私の仕事も引き継いでくれた。
 私が彼女にできることといえば、忙しさへの愚痴を聞くくらいだったが、職場を離れれば、それすらできなくなった。

 人生は何があるかわからない。一寸先は闇だ。

 極地旅行家の角幡唯介氏が「漂流者だけが知る、あらゆる人間性がはぎとられた先にある生き物としての生。それに圧倒される」と評し、解説を寄稿した『極限の漂流118日間』(ソフィー・エルムハースト著/村井章子訳)を読むと、生還後、ふたりが海の上でどのように支え合っていたのかわかる。

モーリスに話を聞くと、挫けそうになったのはつねに自分で、カツを入れるのはつねにマラリンだった、ということになる。(中略)
たしかにモーリスにはマラリンが必要だったし、現にマラリンの献身と配慮を独占した。

――『極限の漂流118日間』より

人にうまく頼れない人の共通点とは?

 一方、妻のマラリン自身は、「ふたりは対等なパートナーだった」と振り返っている。
 彼女にとっての対等さは、同じ役割を同じだけ担うことではなかったのだろう。

 人と人との関係では、支え方が同じとは限らない。
 一方が多くのことを引き受け、もう一方が別の形で支えることもある。
 だから、外から見える負担の大きさだけではその関係のすべてはわからない。

 仕事では、自分ばかり助けてもらっていると、「何か返さなければ」と考えてしまうことがある。
 だが、相手にしてもらったことを、同じ形で返せるとは限らない。

 もちろん、誰かひとりに頼り続けていい、という話ではない。
 ただ、人を支える方法は、仕事を引き受けることだけではない。話を聞いたり、気にかけたりすることもそのひとつのはずだ。

 モーリスとマラリンも、支える側と支えられる側がいつも同じだったわけではない。
 マラリンがふたりを「対等なチーム」と呼んだのも、支え合う形がひとつではなかったからなのだろう。