あ、風邪を引いたかな、と思ったら、その日は神様が少し休養しなさい、と言っているのだ、と割り切って、薬を飲んで寝てしまうのです。この仕事を片付けたら寝よう、とか、あの用をしてから寝よう、とかグズグズしているうちに風邪は手に負えなくなってしまいます。

 たった1日思いきって休日にするのと、咳をしながら1週間も寝たり起きたりするのと、どちらが良いか、一目瞭然というものです。

病気のことで
頭を一杯にしない

 病気になったら、私が一番最初に気をつける事は何かと言うと、それは、どこの病院に行こうか、と言うことではなく、なんの薬を飲もうかという事でもなく、一日中、病気の事で頭を一杯にしないことである。

感謝しながら
日々生きる

 100歳近い年齢になってくると、肉体的な衰えはいやというほど思い知らされる。思うように体が動かない。しかし、私はそれを気にしない。

 大切なのは、衰えたところに目をやってため息をつくことではなく、まだ衰えていないところがあることを感謝しながら日々生きることです。

信じていることは
何事でもきっと効く

 5、6年前にぎっくり腰をやってから、私は1週間に1ぺん、1時間ほど、温灸をやって貰っているのである。その時間が来るのが、待ち遠しいような気がするのである。

 きまった人が来て、私の体に、それほど力を入れないくらいに温灸で擦ってくれるのであるが、それが何とも言えないほど、気持ちが好いのである。

 1週間に1ぺんほど擦って貰って、それで、どれくらいの効き目があるのか分からないが、しかし私はその効き目を信じている。何事でも、信じていることは、きっと効くに違いない。そしてこんなに現在、元気なのだから。

入院中はのんきだが
一番忙しいとき

 入院中は1年の間の休みのようなもので、一番のんきな期間でもある。この間に、私は何かと考えることをためておくのである。のんきでもあるが、一番忙しいときでもある。ふだん行きたいと思っていた、あっちこっちのことを考えたり、会いたいと思っていた人のことを考えたりすることが出来るのである。

入院しても頑張らず
自然体を心掛ける

 私のような年になると、1カ月入院すれば、再び、歩けるようになるという保証も、ぼけないという保証もありません。

 けれども私は、恐怖心も余計な不安ももたずひたすら自然体を心掛けました。病院での自然体とは、すべてをお医者様や看護婦さんにお任せして、こうしなさい、と言われることを忠実に守るだけ。

 大舟に乗った気分で、のんびりと寝ていることです。

 自然体でいた私は、日に日に元気を取り戻しました。いのちの力とは、何と素晴らしいものでしょう。

 入院したとき、開口一番お医者様の言って下さったことが思い出されます。

「もう一度、元気になっておうちに帰りましょうね」

 その言葉通り、私は、元気になって青山の自宅に帰ってくることができました。しかも、ゆっくりながら、こうやって、仕事もできるのです。

 私が退院する時、お医者様のおっしゃった言葉もまた素敵なものでした。

「宇野さん、これからも、病院に出たり入ったりして、うんと長生きしましょうね」

 この「出たり入ったり」という言葉が私はおおいに気に入りました。

 そうなのです。これからの私は、気力で頑張ってみせる、などということを言わず、病院と仲良くしながら、自然体で一日でも長く生きていこうと思っているのです。