1枚の名画を鑑賞するとき、私たちは無意識に「キャンバスの四角い枠の中」だけを見つめていないでしょうか? 今回は、『「いまを生きる力」を取り戻す 感性の教室』著者の末永幸歩氏とともに、傑作《真珠の耳飾りの少女》の「描かれていない外側」にアプローチ。絵画が一気に立体的な世界へと変わる体験をお届けします。(聞き手/ダイヤモンド社・森遥香)
©︎Mauritshuis, The Hague
名画という先入観を捨てて鑑賞する
森遥香(以下、森):前回は《真珠の耳飾りの少女》のタイトルや人物像を疑ってみましたが、今回はさらに一歩踏み込んで、「視覚以外の感覚」を駆使したり、「描かれていない絵の外側」を想像したりしたいと思います。
末永幸歩(以下、末永):画面に見えているものだけでなく、画面の外側や、画面に描かれていないものへと想像の羽を広げると、絵画は一気に立体的な世界として立ち上がってきます。
森:まず背景の「真っ暗闇」ですが、この人物はどこにいるのでしょうか? ここは室内で窓から光がスポットライトのように人物に当たっているのか、それとも真っ暗な夜の森の中に佇んでいるのか……?改めて考えれば不思議な状況ですね!
末永:そうですね。もし屋外の暗闇だとすると、この人物がちょっと怪しげで幻想的に感じられてきました。暗くて深い森へと誘う「森の妖精」のような雰囲気さえしますね。でも、彼女の左顔に強い光が当たって明暗のコントラストができているのを見ると、左側に窓がある室内とも捉えられそうです。
少女は「誰」を見て、振り返ったのか?
末永:次に、「彼女の視線の先には何があるのか?」を考えてみましょう。一般的には「キャンバスの前にいる画家(フェルメール)」を見ていると思われがちですが、本当にそうでしょうか?
森:確かに! 彼女は画家ではなく、窓の外に訪れた小鳥を見ているのかもしれないですし、お母さんや友人にふと名前を呼ばれて振り返った一瞬だったりして。
末永:そうですね。あるいは、彼女の目線の先には1人ではなく、複数人の人がいて、左側の人と会話していたところを、手前にいる別の人物に声をかけられて「え?」と振り向いた瞬間かもしれない。
森:画面には描かれていない人々や空間の広がりが、どんどん見えてきますね。
末永:さて、続いては「目」で鑑賞するだけでなく、耳を澄ませたり、匂いを嗅いだりと、五感を駆使してみませんか。
森:室内だと仮定して、彼女の目線で「どんな音が聞こえるか」を想像してみます。……少女の周囲は無音の静寂ですが、隣の部屋からは家政婦や家族が朝食の準備をしている、銀食器やお皿がカチャカチャと触れ合う音がかすかに響いている気がします。
末永:素晴らしい。朝の柔らかい光と、隣の部屋からの朝食の気配。一気に「富裕層の邸宅の静かな朝」というリアルな情景が浮かび上がってきましたね。
さらに「触覚」を使ってみるとどうでしょうか。彼女の肌や服の質感はどう感じられますか?
森:生身の人間というよりは、木彫り彫刻や石膏像のような、ひんやりとして一瞬が凍りついたような静止した質感にも感じられます。振り返っているのに、ターバンや服がまったく揺れていないのも不思議です。
末永:ほんの数秒の流し見では「綺麗な少女の絵だな」で終わってしまう作品が、五感と想像を駆使するだけで、物語と情景をまとった「自分だけの体験」に変わる。これこそがアウトプット鑑賞の醍醐味です。






