「ルーズベルトは、日本軍による真珠湾攻撃を事前に知っていたのか――」。1941年12月、アメリカの世論を一変させた奇襲をめぐって、今も根強く語られる疑惑がある。たしかに米政府は日本の外交暗号の一部を解読し、戦争が迫っていることを察知していた。だが、それは攻撃の日時や場所まで把握していたことを意味するのだろうか。しかも当時のアメリカは、すでにイギリスやソ連への武器支援を進めていた。書籍『地図で学ぶ「深読み」世界史』の著者が、真珠湾攻撃をめぐる疑惑と、アメリカが参戦へと動いた本当の背景をあらためて読み解く。

「ルーズベルトは真珠湾攻撃を知っていた?」暗号解読だけでは断定できないワケPhoto: Adobe Stock

暗号を解読していた米政府は、真珠湾攻撃をどこまで知っていたのか?

 1941年12月7日、日本軍がハワイの真珠湾を攻撃すると、アメリカは第二次世界大戦へ本格参戦した。それまでアメリカ国内では、「ヨーロッパやアジアの戦争に巻き込まれるべきではない」という意見が根強かった。ところが真珠湾攻撃によって、世論は一気に参戦へと傾いた。

 ここでしばしば議論になるのが、「ルーズベルト政権は攻撃を事前に知っていたのではないか」という問題である。

 当時のアメリカが、日本の外交暗号の一部を解読し、日米関係が極めて危険な状態にあることを認識していたのは事実である。またルーズベルト自身も、ナチス・ドイツの勢力拡大を強く警戒しており、できるだけイギリスなどを支援したいと考えていた。

 一方で、「真珠湾がいつ攻撃されるのかを正確に知った上で、意図的に攻撃させた」と断定できる決定的な証拠はない。戦争が近いことを知っていることと、具体的な攻撃地点や日時を把握していることは別だからである。

実は「中立」ではなかったアメリカ、真珠湾攻撃で何が変わったのか?

 ただ、真珠湾以前のアメリカが完全な中立国だったわけでもない。すでにレンドリース法によって、イギリスやソ連などへ大量の武器や物資を提供していた。ドイツや日本との対立は深まり、戦争への距離は確実に縮まっていた。

 つまり、真珠湾攻撃によって突然、平和なアメリカが戦争へ飛び込んだというより、すでに戦争へ近づいていたアメリカに、決定的なきっかけが与えられたと見る方が実態に近い。

 重要なのは、その政治的効果である。真珠湾攻撃によって「参戦するかどうか」という議論そのものがほぼ消えた。国民の間に「攻撃された以上、戦うしかない」という空気が生まれたからだ。真珠湾攻撃は軍事史上の事件であると同時に、アメリカの国内世論を一瞬で変えた政治史上の大事件でもあったのである。