かつてのリベラルは、ヒト集団を生物学や遺伝など進化の文脈で語ることに「優生学」のレッテルを貼って、ときに暴力的にキャンセルしてきた。だが、いくら机上の理想論を唱えても、人間は進化によって埋め込まれた「本性」から自由になることはできない。

 そしてこの当たり前の事実は、2016年のEU離脱を決めたイギリスの国民投票と、アメリカにおけるトランプ大統領の誕生をきっかけに、もはや否定することができなくなった。社会の分断やポピュリズムの原因が「グローバリズム」や「新自由主義(ネオリベ)」、あるいは「構造的レイシズム」だとして呪詛(じゅそ)の言葉をいくらぶつけても、なんの意味もないことが白日の下にさらされたからだ。

 こうして進化論を受け入れた一部のリベラルな研究者が、人間の本性を前提としたうえで、「(空理空論ではない)よりよい社会」を構想すべきだと唱えるようになった。たとえば人類学者のハーヴィー・ホワイトハウスは、人類の文明を生み出したのは「順応主義・宗教・部族主義」だとして、生物学的な(遺伝子に刻まれた)本性=心理バイアスを論じている。

人間は「トライバリズム」から逃れられない。排外主義やレイシズムだけでなく、友情や信頼、幸福などもすべて「トライブ」からもたらされる人々の分裂、分断を生み出す「トライバリズム」 : CG-BOX / PIXTA(ピクスタ)

【参考記事】
●人類の文明をつくったのは「順応主義・宗教・部族主義」だった

 ホワイトハウスは、人間の本性の負の側面をじゅうぶんに理解しつつも、「現代の問題の多くにとって、解決策は部族主義を弱めるのではなく強めることかもしれない」と述べる。

 興味深いことに、アメリカの進化人類学者デイヴィッド・サムソンも、『分断と排除の人類史 暴走するトライバリズム』(赤根洋子訳/新潮社)において、部族主義(トライバリズム)に重点を置きながら同様の主張をしている。原題は“Our Tribal Future; How to Channel Foundational Human Instincts into a Force for Goods(わたしたちのトライブ的未来 人間の根源的な本能を、いかにして善のための力に変えるか)”。

いまこそ「トライブの本性」を真剣に考えるべき

 デイヴィッド・サムソンはフランスからカナダに移民したカトリック教徒の子孫で、父はワールドワイド・チャーチ・オブ・ゴッド(WCG)という教会の牧師だった。この宗派はキリスト教原理主義のある種のカルトで、「七日目の休息」である土曜日(安息日)には仕事や勉強などいっさいの日常的な作業を控えるなど、原理主義的なユダヤ教とよく似た戒律を信徒に課していた。デイヴィッドはいわば、「カルトの子」として育てられたのだ。

 ところが12歳のとき、人生の大きな変化が訪れる。天文学者のカール・セーガンが進化の歴史を概説した『はるかな記憶 人間に刻まれた進化の歩み』(テレビプロデューサーのアン・ドルーヤンとの共著/朝日文庫)を読んだ父が、聖書にもとづいて進化論を否定するのは間違っていると気づいたのだ(その後、父は教団から抜け牧師の職を辞した)。

 大学に進んだサムソンは典型的なリベラルになったが、睡眠と人類の進化の関連を探るためにアフリカや南米でフィールドワークを行なうにつれて、人間の生物学的な本性を否定できなくなる。これが彼にとって「2度目の転向」となった。

 2016年の米大統領選でトランプが大統領になり、共和党と民主党の支持者が政治イデオロギーで対立するようになると、メディアなどで識者が「トライバリズム(部族主義)」をさかんに取り上げるようになった。だがサムソンは、トライブをまるで疫病のように語るこうした議論にずっと違和感をもっていた。なぜなら友情や信頼、幸福なども「トライブ」からもたらされるからだ。だとしたらわたしたちは、いまこそ「トライブの本性」を真剣に考えるべきだというのが、本書を世に問うことにした理由なのだろう。

 訳者も「あとがき」で述べているように、「トライバリズム(Tribalism)」という言葉は翻訳が難しい。日本語では一般に「部族主義」とされるが、これは「主義(イデオロギー)」ではないし、「部族」という言葉は「原始時代(旧石器時代)」や「(かつては「土人」と呼ばれた)南洋の狩猟採集民」を思い起こさせる。すくなくとも現代日本で、自分が「部族」の一員だと思っているひとはいないだろう。

 だがトライバリズムは人類に共通する本性(ヒューマンユニヴァーサルズ)で、「トライブの一員でありたい」という原始的な本能であり、自分が所属する集団から高く評価されたいという承認欲求のことでもある。サムソンはこの強力な本能を「トライブ動因」と名づけており、ここから「集団本能」という訳語も考えたそうだが、これではあまりに意訳がすぎるということで、「トライブ」「トライバリズム」というカタカナ表記を採用することになったという(以下の記述もこれに準じることにする)。

 わたしたちはみな、トライブ動因に支配されている(この本能から逃れることができる者はいない)。これにはよい効果も悪い効果もあり、それが最悪のかたちであらわれたものが「トライバリズム」とされる。排外主義やレイシズム(人種主義)などは、すべてトライバリズムから派生している。

 こうした社会問題を解決しようとすれば、表面にあらわれた「差別」を批判するのではなく、その根源にある「トライブ動因」を理解しなければならない、というのがサムソンの立場になる。