人類学者のハーヴィー・ホワイトハウスは、パプアニューギニアから内戦下のリビア、南米のサッカースタジアムまで、世界のさまざまな地域を訪れてひとつの重要な謎を解こうとした。それは、「人間(ホモ・サピエンス)が文明をつくりあげてきた背景にある生物学的な基盤は何か?」だ。
『本能の人類史 順応主義、宗教、部族主義』(柴田裕之訳/草思社)はホワイトハウスの長年の研究の成果をまとめたもので、副題からもわかるように、「わたしたちの共通遺産のもっとも基本的な構成要素」は「順応主義(conformism)」「宗教性(wild religion)」「部族主義(tribalism)」だとしている。原題は“Inheritance; The Evolutionary Origins of the Modern World"(遺産〈継承〉 現代世界の進化的起源)。
イラスト: CG-BOX / PIXTA(ピクスタ)
人間の文明をつくった「3つの本能」とは?
社会生物学者のエドワード・O・ウィルソンは、早くも1970年代に大著『社会生物学』で「遺伝と文化の共進化」を唱えた。ところがその後、知識・技術・習慣・言語・価値観などの「文化進化」については熱心に研究されるようになったが、その生物学的基盤は無視するか、意識的に触れないようにされてきた。
ホワイトハウスはこうした傾向を、「ほとんどの社会科学者にとっては、人間の本性を考慮に入れずに社会や文化のシステムを研究することは可能だし、そうすべきでもあるというのが、基本的な定説になっている」「文化的な考え方や慣行の発生と拡散の話となると、じつに多くの社会科学者は、人間は白紙の状態にあるものと決めつけて疑わない。そして、認知科学や行動科学で得られる証拠の多くを無視したり、退けたりする」と批判する。
ウィルソンは『社会生物学』で、動物の社会行動を説明する進化論的アプローチは人間の行動や社会構造にまで拡張できると論じたが、これが生物学的決定論(遺伝決定論)だとしてはげしい批判を浴び、大規模な「キャンセル」の標的になった(社会生物学論争)。欧米の社会科学者(とりわけ白人)はみなこのことを知っているので、人間社会の進化の文化的側面のみを研究し、生物学的側面を扱うことを避けてきた。
だが人間の行動や社会のなりたちの背後には、明らかに生物学的基盤(本能)があるはずだ。だとしたら、そこから目をそらして文化進化のみを論じても、わたしたちが直面しているさまざまな問題を理解することも、対処法を見つけることもできないのではないか。――ホワイトハウスは次のようにいう。
文化の進化は、私たちの自然な傾向や影響の受けやすさを強め、拡張してきた。生物学的なものと文化的なものというこれら二つのプロセスがいっしょになって、現代世界を特徴づける豊かな人間の知識とテクノロジーの集積を生み出した。
「自然」と「文化」は対立しているのではなく、現代文明は人間の本性と文化の相互作用によって生まれた。「自然と文化は、私たちが好むと好まざるとにかかわらず、人生のすべての面で緊密に絡み合っている」のだ。
ホワイトハウスは人間の本性を探るために、狩猟採集生活を送るひとたちをフィールドワークするだけでなく、統計的に分析可能な、人間の過去についての情報の巨大なデータベースを構築し、初期の農耕社会から近代以降の世界の大規模な国家や帝国まで、文明の変遷をビッグデータにして分析することに取り組んだ。このデータベースには、社会組織や農耕、テクノロジー、戦争、宗教、儀式など、文明を生み出したとされるさまざまな要素が含まれ、そのリストの各項目が、何千年にも及ぶ世界史のなかで存在した社会の大規模なサンプルにどの程度見られるかを検証した。
その結果、「進化によって発達し、過去何千年もの間に、私たちの先祖によって拡張され、現在私たちが暮らす独特の世界を作り上げるのを助けてきた(三つの)バイアス」が特定されたという。
「順応主義」は、行動の目的が不明瞭なときでさえ、互いに真似をし合う傾向のことだ。
「宗教性」は、何千年にもわたって新しい形態のリーダーシップを可能にし、複雑な社会制度の発展を促進するうえで主要な役割を果たしてきた。
「部族主義」は史上もっとも残酷な部類の行為を生み出す一方で、多くの平和的・創造的な形態の協力の動機ともなってきた。
「順応する、信じる、所属する」というこの三つの本能によって、人類は複雑な社会と高度な文明をつくりだしたとホワイトハウスは論じる。
なぜ人間の子どもは「無意味な行動」まで真似するのか?
欧米からアジア、アフリカまで、文化や宗教、生活習慣のちがいにもかかわらず、すべての人間に共通している「ヒューマンユニバーサル」は、「社会をつくり、そこに所属しようとする」傾向だ。群れることはあっても社会をつくらない動物はたくさんいるが、社会のない人間集団は存在しない。ヒトは徹底的に社会的な動物であり、わたしたちは社会に埋め込まれている。
箱の鍵を開けてなかの食料を取り出す方法を教えるとき、鍵を鍵穴に差し込む前に手をこすり合わせる、箱をなでるなどの無駄な動作を加えると、チンパンジーはそれを無視して最短の時間で目的(食べ物を手に入れる)を達成するが、人間の子どもは無駄な動作を真似る。合理的なのはチンパンジーで、人間は不合理なのだ。
冠婚葬祭にはさまざまなルールがあり、それに従わないと奇異な目で見られる。海外はもちろん国内でも、地方では儀礼が異なり、戸惑うこともあるだろう。そんなときわたしたちは、ごく自然に、まわりのひとたちの動作を真似ようとする。これが「順応主義」だが、日本人にとっては「同調圧力」のほうがわかりやすいかもしれない。
儀式というのは、誰が自分たちの集団に属していて、誰が属していないのかを見分ける社会的な検出器だ。儀式のルールに順応することは、その集団の文化を受け入れ、服従するサインになる。逆にいうと、儀式のルールを知らなければ「よそ者」として集団から排除されてしまう。
順応主義が「集団に拒絶される怖れに根差したバイアス」であることを確認するために、ホワイトハウスらは3~6歳の子どもに、「図形が密集した集団に、単独の図形が近づいていくと、集団は離れてしまう」というビデオを見せた。別の子どもたちは、図形が集団を形成し、楽しそうに進んでいくビデオを見た。すると、動画によって追放への怖れを示唆された子どもたちは、そうでない対照群に比べて、無意味な儀式的行動を忠実に真似ることが多くなった。
それ以外でも同様の実験は多く、人間が高度に儀式的な動物であることを示している。わたしたちはまわりのひとたちを真似ることで、「集団の懐に自らをしっかりと安全に確立」しようとしているのだ。







