薬効成分のない乳糖やデンプンなどを医療従事者から「よく効く薬だと」処方されると、実際に症状が改善する「プラセボ効果」は古くから知られていたが、それが本格的に研究されるようになったのは最近のことだ。

【参考記事】
●病は気からを科学する

 プラセボ効果で重要なのは「予期(expectation)」だ。「この薬を飲むと痛みが軽減するはずだ」と強く期待すると、エンドルフィンなどの神経伝達物質が先回りして脳内で産生され、その鎮痛作用によって痛みが軽減する。環境の変化やストレスに対して、生体が自らの内部環境(血圧やホルモンなど)の設定値を変化させ、予測に適応しようとする生理学の仕組みは「アロスタシス」と呼ばれる。

 しかしそうなると、「否定的なことを予期すると実際に身体に悪影響が出る」という逆の効果もあるのではないか。これはその通りで、具合が悪くなると予期すれば具合が悪くなることを「ノセボ効果」という。――ノセボ(Nocebo)の語源はラテン語の動詞nocere(害する)の未来形であるnoceboで、「私は傷つくであろう(I shall harm)」という意味だ。

ワクチンの「副反応」はなぜ増える?病気への不安が本当に症状を引き起こす「ノセボ効果」の正体Photo: Graphs / PIXTA(ピクスタ)

 ノセボ効果はプラセボ効果と同様に古くから知られていたが、それが呪術や黒魔術を思わせるからか、こちらの研究はさらに遅れていた。マイケル・H・バーンスタイン、シャーロット・ブリーズ、コシマ・ロッハー、ウォルター・A・ブラウンの4人の医学専門家による『病は言葉から 脳はなぜ情報を「毒」に変えてしまうのか?』(寺町朋子訳/白揚社)は、ノセボ効果を扱った数少ない本の一つだ。原題は“The Nocebo Effect; When Words Make You Sick(ノセボ効果 言葉があなたを病気にするとき)”。

 ノセボ効果の本質を「病は言葉から」としたのは卓抜な邦題で、本書の内容は多岐にわたるが、ここでは新型コロナワクチンをめぐる社会的な混乱とノセボ効果の関連について見てみよう。

新型コロナワクチンは「史上最大のノセボ効果」だったのか?

 mRNA(メッセンジャーRNA)を使って記録的な速さで開発された新型コロナワクチンをめぐる騒動を、著者たちは「史上最大のノセボ効果」と呼ぶ。

 ワクチンの有効性と安全性を調べる臨床試験では、試験参加者に本物のワクチンと生理食塩水をランダムに接種する。ワクチンの効果がプラセボよりも高いかどうかを判断するのが目的だが、同時に、ワクチン接種後に報告される副反応のうち、どの程度がノセボ効果かを調べることもできる。

 コロナワクチンについては、小規模な試験の結果を組み合わせた3つの大規模な研究(レビュー)が2022年10月に発表されたが、それによると予想どおり、本物のワクチンを投与したグループのほうが、生理食塩水を摂取したグループよりも副反応が生じた割合が高かった。興味深いのは、その差がさして大きくなかったことだ。

 1つのレビューでは、本物のワクチンを投与したグループの約55%から一般的な副反応が報告され、もっとも多い症状は頭痛と倦怠(けんたい)感だった。それに対してプラセボを投与したグループの42%からも、これらの一般的な副反応が報告された。

 別のレビューでは、1回目のワクチン接種後、ワクチン投与グループの46%から少なくとも1つの一般的な副反応が報告されたのに対し、プラセボ投与グループの35%からも1つの一般的な副反応が報告された。

 これらの研究は、「副反応の大部分はワクチンが原因とは言えない」ことを示唆している。実際、あるレビューでは「新型コロナワクチンによる副反応の76%は、ノセボ効果によって説明できる可能性がある」とされた。

 臨床試験に加えて研究者は、新型コロナワクチンの投与が始まった時期に、参加者たちに「新型コロナに対する不安、ワクチンの副反応に対する予期、薬に対する過敏性についての自覚、気分の落ち込み」など、さまざまな心理学的要因を測定する質問に答えてもらった。すると、すべての要因のなかで「きっと副反応が出るだろうという予期」が、ワクチン接種後に報告された副反応ともっとも強く関連していた。

 別の研究では、2回目のワクチン接種に消極的だったひとのほうが、6カ月後の追加接種を受けたあとに、より多くの副反応を報告した。これには、「ワクチンの有効成分に対して実際に強く反応する人びとのほうが、ワクチン接種に強いためらいを感じた」という逆の因果関係も考えられるが、研究からは「薬の作用に敏感だと思っている人は、たとえプラセボを服用しても、より多くの副作用を経験する」ことが示されている。

 より興味深いのは、ワクチン義務化の影響だ。フランスは、カフェや商店といった特定の公共の場に入るためにはワクチンを2回接種しなければならないという義務化を導入したが、「ワクチンの副反応を報告した人の割合は、義務化前には34%だったが、義務化が始まると57%へと上がった」。

 これについては、「ワクチンを接種しなければというプレッシャーを感じることが、ノセボ効果に寄与した可能性」や、「個人の自由意思がないことは、ワクチン接種へのためらいや副反応への懸念を高め、その結果、ノセボ効果を悪化させた」可能性が指摘されている。

メディア報道でワクチンの「副反応」が急増した理由

 新型コロナワクチンのノセボ効果には、メディアの報道の影響も大きい。「アストラゼネカ社製ワクチンによる血栓症の発生率は0.0004%、ファイザー社製による心筋炎の発生率は0.003%」といったまれな副反応が大きく報じられたことで、市民の不安が高まった。

 その典型がニュージーランドのケースで、2021年8月30日、保健省がファイザー社製新型コロナワクチンを接種した女性1人が心筋炎で死亡したと発表し、これを受けてテレビ・ラジオなどが、ワクチンを接種したら心臓の症状に警戒するよう国民に促した。

 しかし、胸痛や息切れといった症状は珍しいものではなく、疫学調査では、「平均的な1週間に、原因を特定できない呼吸症状が約13%の人びとに、胸痛が7%に、心臓の動悸(どうき)が7%にある」ことが示されている。

 ニュージーランドの有害反応モニタリングセンター(CARM)は、心筋炎にメディアが注目する前に、ワクチン接種10万件あたり平均で35件の胸痛の報告を受けていたが、報道後はその件数が220件に増えた。

 同様に呼吸障害では、報道前の10万件あたり25件から113件に、不整脈の症状は10万件あたり34件から133件に増えた。

 これがメディアの影響であることを確認するために、比較対象として、メディアの注目を集めなかった3つの副反応(筋骨格痛、しびれ、発熱)の報告率も調べたが、これらの副反応はあまり変化していなかった。

 これらのデータは、心筋炎やその症状がメディアの注目を浴びたことにより、ひとびとがありふれた症状の原因をワクチンだと勘違いし、副反応だと報告したことを示している。これが「誤帰属」で、「物事の原因や自分の感情・行動の理由を、本来のものとは違う別のものと勘違いしてしまう心理学の現象」をいう。

 ニュージーランドのCARMによれば、メディアの報道以前は、心筋炎はワクチン接種10万回あたり平均で0.6件報告されていたが、メディアがワクチンと心筋炎の関係を詳しく伝えてからは、心筋炎が報告される割合が10万回あたり11件と約18倍に増えた。

 なお、ワクチンによるこれらの副反応は、新型コロナによる実際の症状よりはるかに軽いか、まれにしか起こらない可能性が高い。新型コロナにかかった場合に心筋炎が起こる可能性は、ワクチン接種後に心筋炎が起こる場合の6倍ある。