「ヨーロッパ統合の先駆者」と聞いて、東京生まれの人物を思い浮かべる人は少ないだろう。現在のEUにつながる思想の源流の一つ「汎ヨーロッパ」を唱えたリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーは、1894年、東京で生まれた。父はオーストリア=ハンガリー帝国の外交官。そして母には、日本との驚くべきつながりがあった。第一次世界大戦で育った帝国が崩壊したのち、なぜ彼は国境を越えたヨーロッパの連帯を訴えたのか。書籍『地図で学ぶ「深読み」世界史』の著者が、知られざる生い立ちとEUの遠い源流を、激動の国際情勢も交えてたどる。
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東京で生まれた伯爵、その母は日本人だった
ヨーロッパ統合の先駆者として知られるリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーには、日本との意外なつながりがある。彼の母は日本人の青山光子だった。
父ハインリヒはオーストリア=ハンガリー帝国の外交官で、日本に赴任していた際に光子と出会い、結婚した。リヒャルトは1894年、東京に生まれている。その後、一家はヨーロッパへ移り、彼は中欧の貴族社会の中で育った。
帝国の崩壊が生んだ「汎ヨーロッパ」という壮大な構想
この経歴だけでも興味深いが、さらに面白いのは、彼が後に「ヨーロッパを一つにまとめる」という思想を掲げたことである。第一次世界大戦後、ヨーロッパは国家と民族の対立によって深く傷ついていた。オーストリア=ハンガリー帝国は消滅し、中欧には多数の新国家が生まれた。一方、世界ではアメリカやソ連の存在感が増し、ヨーロッパ諸国が個別に競争するだけでは力を保てないという危機感も強まっていた。
そこでクーデンホーフ=カレルギーは、1920年代に「汎ヨーロッパ」という構想を提唱する。ヨーロッパ諸国が国家の枠を越えて協力し、一つの大きな政治的・経済的なまとまりを作ろうという考えだった。
彼自身が、複数の文化や国境をまたぐ家庭に生まれたことと、この思想を単純に結びつけることはできない。ただ、オーストリアの貴族社会に属しながら日本にも血縁を持ち、多民族国家ハプスブルク帝国の崩壊を経験した人物が、国境を越えるヨーロッパを構想したというのは象徴的である。
今のEUにつながる「国境を越える思想」の知られざる原点
現在のEUが彼一人の構想から直接生まれたわけではない。それでも、第二次世界大戦以前から「ヨーロッパはまとまらなければならない」と訴え続けたことは大きい。EUの歴史をたどると、その遠い源流の一つに、日本人の母を持つ中欧の伯爵がいるのである。
さらに彼の人生は、ヨーロッパ中心の歴史に思わぬ角度を与えてくれる。世界史は国ごとに分かれて進むのではなく、人の移動や結婚、外交によって思いがけない場所同士が結びつく。クーデンホーフ=カレルギーの経歴そのものが、国境を越える歴史の象徴のようにも見える。その点でも、彼はまさに「境界をまたぐ人物」だった。









