1973年、太平洋を航海中にクジラと衝突して船を失い、118日間を漂流した英国人のモーリスとマラリンのベイリー夫妻。その壮絶な実話を描いたノンフィクション『極限の漂流118日間』(ソフィー・エルムハースト著、村井章子訳)に推薦文を寄せた作家の椎名誠さんは、200冊を超える漂流記・探検記・冒険記を読んできた「漂流記マニア」でもある。極限の海で、生き延びた人と消えていった人を分けたものは何だったのか。インタビュー第3回は、「生還の条件」について聞いた。(取材・構成/小川晶子)
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「転覆したら終わり」の絶望的な状況
――『極限の漂流118日間』は夫婦ふたりで太平洋を漂流した話ですが、狭い救命ラフトの上では足を延ばして眠ることもできず、どんなに大変だっただろうと思います。
椎名誠(以下、椎名):最悪の状況ですよね。漂流記にもいろいろあって、どんな船で漂流したかで明暗が分かれます。
いかだは「絶望的」ですよ。モーリスとマラリンが乗っていた救命ラフトはゴムボートに屋根があるタイプのものですが、狭く、転覆したら終わりです。
幸いふたりは救助されましたが、海に揺られるラフトに座り続けたせいで体が傷だらけになり、水ぶくれもいたるところにできて、立って歩くことができないような状態でした。
でも、最終的に生還できたからこうして本になっているわけです。転覆してそのまま海に埋もれてしまった人もたくさんいるでしょう。そういう意味ではラッキーですね。
生死を分けるもの
――生死を分けるものは、他に何があるでしょうか。
椎名:あたたかい海か冷たい海かでずいぶん違います。冬の海は生き物が少ないから、食料がない。氷の海を漂流した人たちの漂流記も多く読んだことがありますが、本当に過酷です。
モーリスとマラリンが漂流したガラパゴス諸島のあたりはあたたかい海ですから、ウミガメやシイラをとって食べることができました。
――なんとか生きている間に、船に見つけてもらって救助してもらえるかという問題もありますね。本書のふたりは何度も船を見かけたのになかなか気づいてもらえず、そのたびに絶望しています。
椎名:船影を見つけて発煙筒で合図をしたり手を振ったりしても、気づいてもらえないことが多いんです。気づかれていておかしくない距離なのに、行ってしまうこともあります。本当に気づかなかったのか、わかっていて行ってしまったのかわかりませんが、それがいちばん悲しいですね。もう少しで助かったのに見放された人は、たくさんいると思いますよ。
「希望を捨てない人」は何をしていたのか?
――モーリスは悲観的で「どうやって死のうか」と考えるくらいでしたが、妻のマラリンは希望を捨てませんでした。
椎名:女の人は強いなと思いますね。僕がこれまで読んできた漂流記では、みんな女性が強い。この夫婦も、男ひとりだったら絶対に死んでいたでしょうね。
僕も単独だと弱いです。漂流して絶望したとき、ドーンと海に飛び込めば死ねるだろうけど、それも怖いから飛び込めなくて、干からびていくんだろうなぁ。だらしない最期が想像できるんですよ。そう思っているから、こういう漂流記を尊敬しながら読んでいるわけです。まぁ作家になってからは、「これでもし漂流したら、一冊書けるかもしれない」と思ったりもしますが。
――それは強いですね。「さすがはシーナさん」と思ってしまいました。マラリンは超人的に見えますが、書くことで正気を保っていたところがありましたね。
――『極限の漂流118日間』より
椎名:彼らには書く能力と気力がありました。モーリスもイギリス人らしい律儀さで写真を撮ったりメモを書いたりしています。だからこうして面白い漂流記が残ったわけですね。









