米・ニューヨークタイムズ紙でも観光資源として高く評価され、連日多くの客で賑わう福岡の伝統的な屋台。実はかつて、消滅の危機にあった。それを救ったのが、高島宗一郎市長が進めた「屋台基本条例」だ。リーダーとして関係者の反発を一身に受けながらも、屋台文化を守るために行なった仕組みづくりの肝とは――。(本稿は高島宗一郎・著『福岡市の問題解決』を一部抜粋・編集したものです)

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消えゆく運命にあった福岡の屋台

 屋台の存続問題は、多くの批判に耐えながら一期目に取り組んだものの一つです。

 福岡市の名物といえば屋台を思い浮かべる方も多いと思います。しかし、この屋台が消えようとしていました。当時の屋台は、地元の県警察が「原則一代限り」という方針を示さざるを得ない状況にあったのです。

 屋台を巡るトラブルには、さまざまなものがありました。許可された範囲を超えて道路を占用する屋台。豚骨スープの汚水を道路の排水溝に直接流して周辺環境を悪化させる屋台。深夜まで続く騒音。
 近隣のテナントや住民から「早くなくなってほしい」という声が上がっていました。

 さらに、一般の店舗が高いテナント料を払って営業しているのに対し、極めて安い使用料で公道を使っている屋台は不公平だという指摘もありました。こうした事情から、議会の中でも、屋台の消滅に表立って異論を唱える人はほとんどいない状態だったのです。

 それでも私は、2011年の議会でこう発言しました。
「このまま屋台が消えてなくなっていいものか。私は福岡の街に屋台は残すべきだと考えます」

「双方から批判される」のは公平に近づいた証拠

 ただ、屋台を残すといっても、問題を放置したまま存続させるわけにはいきません。そこで私は、屋台との共生のあり方を検討する研究会を立ち上げることにしました。

 こうした経緯をたどり、2013年に成立させた「屋台基本条例」ですが、成立した瞬間から、文字通り四方八方から批判が相次ぐ事態となりました。

 屋台をなくしたいと思っていた地域の住民や周辺店舗からは、「高島が余計なことをしてくれた」と怒号が飛び、存続を当たり前だと考えていた屋台側からは、厳しいルールが設けられたことに「自分たちがいじめられている」と反発されました。
 それまで名義貸し(又貸し)で営業していた屋台も、公募で合格しない限りは営業を続けられないことになり、常連客も巻き込んで激しい批判が起きたのです。

 屋台をなくしたい側、存続を求める側のどちらからも攻撃される。これは非常に苦しい経験でした。

 ただ、考えてみてほしいのです。片方だけが喜ぶ制度は、もう片方に不利だということでもあります。双方から批判されるということは、特定の誰かを優遇していないという証拠です。
 本当に公平な仕組みを作ろうとすれば、双方から批判されるのは避けられません。それを覚悟できるかどうかが、改革者に問われる資質なのです。