2026年8月23日、福岡市の高島宗一郎市長が、11月に行われる福岡市長選挙への不出馬を表明した。高島市長といえば、2010年に36歳で初当選。以降、選挙のたびに史上最多得票数を更新しながら、現在4期目を務める。任期中、福岡市の人口は20万人以上増え、市税収入は1.6倍に増大。市民の市政信頼度は80%を超えるなど、地方最強都市と呼ばれるまで大躍進した。「5期目も立候補すれば当選は間違いなし」「年齢的にもまだやれる」という声が多く聞かれるなか、なぜ今、ここで退くと決めたのか。その胸の内とは――?
*本稿は『福岡市の問題解決』(ダイヤモンド社)の著者インタビューです。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局、著者写真撮影/北嶋幸作)

不出馬の理由:街も組織も「変わるタイミング」を逃してはいけない【高島宗一郎・福岡市長インタビュー(1)】

「権限の集約」が持つ強みと危うさ

 私は今の任期をもって、福岡市長の職を退きます。11月の市長選挙に立候補はしません。先日、自分のSNSでその考えを市民の皆さんにお伝えしたとき、「次の世代に襷(たすき)を渡す」と書きました。そこにこそ、私の思いの一番の核心があります。

 私が初めて市長に就任したのは、36歳のとき。前職は、放送局のアナウンサーでした。行政経験もなければ経営経験もない。あのときの私にあったのは「若さ」と「覚悟」だけです。一期目はそれを頼りに、補助金や随意契約の見直しなど、大胆な改革に挑んでいきました。

 二期、三期と期数を重ねながら力を注いだのが、まちづくりです。
 自治体の首長は、予算の編成権や人事権、政策の提案権を一人で担っています。執行のトップとしての権限が一人に集約されているからこそ、スピード感を持ってまちづくりを進めることができます。
 しかし同時に、この「権限の集約」が持つ危うさも、私は身をもって感じてきました。

「パブリックのために働く」とは

 権力・権限を持つ人がそれを独占し続けるのは、多くの場合、健全なことではありません。適切な時期に交代し、また別のリーダーが街や組織に新しい風を吹き込んで、時代に最適化していく。それが自然です。

 私自身、自分の人生のある一定期間、市民の皆さんのために力を尽くしたならば、その立場に長くしがみついてはいけないと考えていました。
 責任感は気付かぬうちに権力への執着へと変わっていきます。4年ごとに選挙がある、任期があるというのは非常に大事なことなのです。

 ありがたいことに、「まだやれる」と言ってくださる方もいます。「(選挙に)勝てるんだから続ければいいのに」とも言っていただきます。ただ、「勝てるから続ける」は、ある意味、自分への甘えであるし、政治家という生き方を選んだ人間として誠実ではないと感じます。
「勝てるから続ける」でも「負けるから退く」でもなく、また、行き詰まったからでも追われたからでもなく、役目を果たしたら自らの意思で山を降り、次の世代へ託す。そこまでやってはじめて「パブリックのために働いた」と言えるのではないかと考えています。