「謙虚さこそが、最強の戦略だ」と主張するのは、モルガンスタンレー、Googleなどで働き4大陸50カ国以上のリーダーを見て続けてきたピョートル氏。
しかし、謙虚に振る舞っていると、「相手から舐められるのではないか」と心配になるかもしれません。他人に利用されない謙虚さについて、新刊『「謙虚さ」という戦略』から一部抜粋・編集してご紹介します。

腰が低くて舐められる人、腰が低いのに舐められない人は何が違うのか?Photo: Adobe Stock

「舐められない」ために必要な謙虚さとは?

 腰を低くする、謙虚に振る舞うことをお伝えしていると、次のように思われるかもしれません。

「むやみに腰を低くしたら、ただ単に弱い奴だと舐められて、食い物にされるだけなんじゃないか?」

 理屈はよくわかります。
 でも、答えは、条件つきで「No」です。
 ただし、ここで言う「舐められる」は、相手から見くびられるかどうかではなく、押せば無理な要求が通る、と思われるという意味。大切なのは、腰を低くしても、自分の判断まで相手に渡さないことです。
 
 舐められる腰の低さも存在します。それが、「軸のない謙虚さ」です。
 単に自信がなく、卑屈なだけだったり、言い訳や責任逃れ、自分が傷つかないためだったりする「防衛的な謙虚さ」であれば舐められることもでしょう。

「私にはできません」
「私には無理です」
「自信がないので……」

 できないことや不安を正直に伝えること自体は、責任逃れではありません。ここで問題にしているのは、失敗したときの責任を避けるためだけに、自分を小さく見せる態度です。自分の限界を認め、必要な支援や条件を伝えることとは区別する必要があります。

プロジェクトが失敗したときに、「最初から無理だと思っていた」と言えるように、自分を小さく見せる。このような謙虚さであれば、確かに見くびられます。周りの人は、「この人は責任を持たない人だ」「頼りにならない」と感じ、押せば要求や無理が通る相手だと踏むでしょう。

 しかし、僕が伝えたい戦略的謙虚さは、中長期的なゴールや成果を見据えた「自分でコントロールする謙虚さ」です。組織全体を生かすために、わからないことは「わからない」と伝え、部下の意見も聞き、若手や新入社員からでも学ぶ。自分の間違いも認める。必要なら考えを変える。組織をモチベートするために、自分ではなく相手を立てる……など。

 これは弱さではありません。
 むしろ、「成果のためなら自分のプライドすら手放せる強さ」なのです。
 自分という『軸』があれば、相手を尊重しながらも、無理な要求にはNOと言えます。相手から実力をどう見られるかと、自分の判断を守ることは、別の問題なのです。