完璧を求めすぎて仕事を終えられない。やらなければいけないことを先延ばししてしまう。そんなときの対処法を、『おい、とりあえず終わらせろ』の著者、nwiizo(ぬうぃぞう)氏が伝えます。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

おい、とりあえず終わらせろ完璧主義Photo: Adobe Stock

成果物と自分への評価は別物

 資料は、ひと通りできている。伝えたいことも書いた。

 あとは送るだけなのに、もう一度、数字を確認したくなる。

「説明が足りないと思われないだろうか」
「こんな程度か、とがっかりされないだろうか」

 会議やメールの対応に追われながら、ようやく作った資料です。それでも、見せる直前になると気になるところが増えていく。直しているうちに時間が過ぎ、また提出が遅くなる。

 そんな自分を、「完璧主義すぎる」と責めていないでしょうか。

 もちろん、質を高めたい気持ちは大切です。ただ、資料を出すことが「自分の能力を判定されること」になっていると、どこまで直しても安心できません。

「この説明はわかりにくい」という指摘まで、「自分は仕事ができない」という意味に聞こえてしまうからです。

 そこで持っておきたいのが、成果物の出来栄えと、自分自身の価値は別だという考え方です。

「60点の資料」を出しても、「60点の人間」にはならない

 私も初めて60点で出そうとしたとき、送信ボタンを押せませんでした。

 5ページの仮説ドキュメントを作り、3回も直した。それでも、「もう一度データを確認した方がいいかもしれない」と、エクセルを開きました。

 どの数字も、昨日見た数字と同じです。何も変わっていない。閉じたときには、28分が経っていました。資料には、1文字も追加されていませんでした。

 何が怖かったのか。

「60点のものを出す」こと以上に、「60点のものを出した自分」を見られることが怖かったのです。

 でも、後輩の資料を見る側になって、気づいたことがあります。

 直した方がいい箇所を見つけても、それだけで「この人はダメだ」とは思わない。足りない説明や、伝わりにくい構成を指摘しているのであって、その人の価値を採点しているわけではないのです。

 自分が受け取る側ならわかることが、出す側になると見えなくなる。「もっと良くできたはずだ」という気持ちが、今の成果物と自分自身を結びつけてしまうのです。

自分を証明するためではなく、次に進むために見せる

 この考え方を、提出の仕方にも取り入れてみてください。

 たとえば、「完成しました」と出す代わりに、こう伝える。

「方向性を確認したいので、現段階の案を共有します」
「今回は構成を見ていただきたいです。細かい表現は、その後に整えます」

 今どの段階で、何を見てほしいのかを伝えると、相手も具体的な助言を返しやすくなります。自分にとっても、提出が「実力を証明する場」から、「次に進むための相談」に変わります。

 ここでいう60点は、相手が方向性を確認し、次に何をすべきか判断できる状態です。必要な情報まで省いてよい、という意味ではありません。

 指摘が返ってきたら、「自分はダメだった」と結論づける前に、「この資料の、どの部分を変えればいいのか」と問い直す。

 直す対象を、資料に戻すのです。

 今の資料に足りないところがあっても、それが自分の限界を決めるわけではありません。見せたからこそ気づけたことを、次の一稿に反映すればいい。

 完璧な自分を見せようとするより、今ある案を一緒に良くしてもらう。そう考えられると、送信ボタンを押すときの重さも、少し変わってきます。