完璧を求めすぎて仕事を終えられない。やらなければいけないことを先延ばししてしまう。そんなときの対処法を、『おい、とりあえず終わらせろ』の著者、nwiizo(ぬうぃぞう)氏が伝えます。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

おい、とりあえず終わらせろ中途半端Photo: Adobe Stock

毎日、何も「終わらせられない」という悪循環

 忙しくはしている。やりたいことも、たくさんある。

 それなのに、気づけば、始めたものばかりが増えている。「やり遂げた」と言えるものがほとんどない。

 資格の勉強、副業、読みかけの本。どれも、途中のまま。

 ふと、「自分は、このまま中途半端な人生を送るのだろうか」と不安になる。

 そんな不安を生むいちばん大きな特徴は、才能の差ではなく「終わらせる」を毎日繰り返したかどうかの差です。

 もちろん、環境や運の要素も大きいです。けれど、私の経験上、それが分かれ目でした。

 「終わらせる」とは、「終わりをひとつ作れた」という事実が残ることです。

 散らかった部屋は、「未処理のタスク」として、頭に負荷をかけ続けます。それを片付けると、その分だけ、頭が軽くなります。

 それは、「自分は終わらせられる人間だ」という証拠が、目の前に現れることでもあります。

ペットボトルを1本捨てただけで、止まっていた仕事が動いた

 プロジェクトが炎上して、毎日深夜に帰っていた時期がありました。

 部屋は、捨てるべきもので足の踏み場がなくなり、シンクには皿が積み上がっていました。

 ある日曜の朝、何の気力も出ないまま、目の前のペットボトルをゴミ袋に入れました。

 ただそれだけです。でも、ひとつ捨てると、もうひとつ捨てたくなりました。しばらくすると、机の上が見えるようになっていました。

 不思議なことに、その日は、止まっていた仕事も、少しだけ進みました。

 今ならわかります。ペットボトルをひとつ捨てるという行為は、「判断して、実行して、完了した」という、一連のプロセスそのものでした。

 捨てるか捨てないかを決めて、手を動かして、ゴミ袋に入れた瞬間に終わる。この「決めて、動いて、終わった」のサイクルを一度回すと、次のサイクルが回しやすくなります。

 仕事が進んだのは、気分が変わったからではありません。「終わらせる」という動作のパターンが、身体に再インストールされたからでした。

「自分を雑に扱う」サインに、早く気づく

 食事は、空腹が催促してくれます。洗濯は、着る服がなくなれば、動かざるを得ません。

 でも、掃除の合意者は、自分だけです。誰も急かしません。

 それは、怠惰ではなく、自分を雑に扱い始めたサインかもしれません。

 十数年エンジニアをやってきて見てきたのは、才能ある若者が、燃え尽きて姿を消すというパターンです。

 一方で、最初は遅くても、黙々と学び続ける人がいます。その人たちに共通していたのは、「今日はここまで」と線を引く習慣があったことでした。

 量は関係ありません。小さくても、毎日ひとつ、終わらせる。

 その「終わらせた」という行為そのものが、「自分は終わらせられる人間だ」という自己認識を作っていきます。

 1回1回は、目に見えないほど小さい。でも、小さな完了の積み重ねは、複利のように効きます。

 掃除でなくても構いません。日記でも、皿洗いでも、靴を揃えることでも。

 「これが崩れたら、自分はちょっと危ないな」という小さな指標を、ひとつだけ持っておいてほしいのです。

 大きなことを、やり遂げようとしなくて大丈夫。今日、ひとつだけ、「ここまで」と線を引いて、終わらせてみる。

 それが、中途半端さから脱却する最初の証拠になります。

 あなたの人生も、小さな完了の積み重ねで、きっと遠くまで行けるはずです。