秘儀は徹底的に守るべし

 パガニーニは自らの公演の価値を高めるために、他のヴァイオリニストが真似ることを防ぐことに腐心しました。どんな技法であるかを門外不出とし、楽譜にも書かなかったのです。ヴァイオリン独奏のみならず、ヴァイオリン協奏曲の伴奏のパートもごく簡単なもので、構成と基本的和音進行のみが記されていたといいます。それだけ、盗作を恐れていたのです。

 ところが、パガニーニが38歳の時、遂に「24のカプリース」を作品1として正式に発表します。元来病弱だったパガニーニですが、この時期は極端に体調不良だったことが関係していることも考えられます。秘儀が伝承されなければ永遠に失われてしまいかねない…そんな危機感があったのかもしれません。超絶技巧のオンパレードにして名旋律の数々が含まれている「24のカプリース」は、プロフェッショナルのための練習曲集の趣もあります。

 最終的に、秘儀を徹底的に守ろうとして、パガニーニの多くの作品が楽譜に記されることなく忘却の彼方に置き去りにされてしまいました。それでも、「24のカプリース」はパガニーニの音楽が途方もなく大きなものだったということを明瞭に伝えています。

 幸運なことに、その後、ヴァイオリン協奏曲第1番と第2番は作品6、及び7として出版され、このジャンルの傑作となって伝わっています(写真は、サルヴァトーレ・アッカルド盤)。

シャーロック・ホームズも愛したパガニーニ

 ところで、シャーロック・ホームズはヴァイオリンの名手です。

 コナン・ドイルが1893年に発表した『ボール箱』という作品の中に興味深い一節があります。事件解決に向け推理していたある昼食の際、シャーロック・ホームズはワトソン医師に向かってパガニーニのことを話し続ける場面があります。不気味な殺人事件の中に登場するパガニーニの名前が作品に明るい雰囲気を与えています。

 この作品が書かれたのは、パガニーニが1840年に58歳で没して約50年後。その時期には、パガニーニの音楽史的な評価は確立していたのです。

 ヴァイオリンと言えばパガニーニ。

 その超絶技巧と甘美な旋律に、彼の残像を是非とも味わってみてください。

(音楽愛好家・小栗勘太郎)