なぜ、韓国は支援を受け入れなかったのか。評論家で『悪韓論』(新潮社)、『呆韓論』(産経新聞出版)などの著書を持つ室谷克実氏は、反日感情ゆえの拒絶と見ることには懐疑的だ。

「断ったのは『韓国の政府』ではなく、『韓国の海洋警察(日本の海上保安庁)』です。海洋警察と海保の現場レベルは、韓国軍と自衛隊の現場と同様に、仲が悪いわけではありません。今回も海洋警察は、『ありがたい申し出だが……』と述べている。それでも断ったのは、狭くて潮の流れが速い海域での救助の常識。救助対象が広く存在する大洋や陸上の災害とは、基本条件が違う。すでに漁船が数十隻、大型タンカーや貨物船までいる現場に、その海域に慣れていない異国の船が入ってきたら、ますます混乱するだけだったでしょう」(室谷氏)

 確かに、地震や津波による被害のように広範囲にわたる救助活動とは異なり、今回の被害者の多くは船内に取り残されていると推測された。陸上と異なる海上では、海域に侵入する船が通常より増えれば増えるほど、二次災害の恐れも高まる。韓国には確かに反日感情があるが、室谷氏が言うように、支援申し出を断ったことを即反日感情と結びつけるのは早計のようだ。

槍玉に上がる政府・マスコミの失態
韓国人に社会変革の意識は芽生えたか?

 2つ目に検証したい「素顔」は、報道で言われている通り、韓国人の中に社会を改革しようという意識が、本当に芽生えているのかどうかだ。

 この事故は船舶会社の杜撰な管理体制と、乗組員の責任放棄が招いた人災とも言える。日本で5年前に似た事故(2009年11月の三重県沖で発生した事故)が起きた際には、船長が乗客をきちんと誘導したこともあり、1人の死者も出なかったことと比較された。

 また、事故後の誤報の多さから韓国のマスコミが批判され、対応の不手際から政府も批判された。のみならず、激高して政府要人に詰め寄る家族の姿や、遺族を狙った詐欺の横行などに関しては、危機に際したときの一般人のマナーやモラルのあり方も問われた。ローマ法王は、哀悼の意を表わすと共に、「韓国民がこの事件をきっかけに倫理的・霊的に生まれ変わることを望む」と強調したとも伝えられている。