東京最大手タクシー会社の3代目御曹司。だが、入社した時に会社は1900億円の負債を抱え瀕死の状態にあった。「暗黒の5年」「リハビリの5年」を経て、経営者として大きく成長。攻めに転じ、2年後、海外を狙う。「圧倒的なユニークネス」と「多くの者の共感を呼び揺り動かすビジョン」という一見、相矛盾する要素を兼ね備え、圧倒的な価値を生み出す“バリュークリエイター”の実像と戦略思考に迫る連載第5回前編。(企画構成:荒木博行、文:水野博泰)

※この記事は、GLOBIS.JP掲載「タクシー王子、暗黒を走り抜け戦略を知る 前編―川鍋一朗氏(バリュークリエイターたちの戦略論)」の転載です。

 その光景を、10年前に誰が想像しただろうか。

 若社長が爽やかな笑顔で軽快に踊る。そして、年配の運転手たちがぎこちないながらも懸命に、若い社員が楽しそうにノリノリでダンスを踊る――。2013年10月に動画共有サイトYouTubeで公開された「恋するフォーチュンクッキー 日本交通Ver.」には、社長を中心にして社員がまとまった明るい職場が映し出されていた。タクシー会社のおじさんたちが踊る姿が面白いと、公開半年で200万回以上も視聴される人気動画となった。

 そこには、2000年代前半、1900億円もの負債を抱え、解体・倒産か、外資ファンドに売却かという瀬戸際にまで追い詰められていた頃の陰鬱で刺々しい空気は少しもない。

 川鍋一朗、43歳。タクシー大手・日本交通の3代目社長として、巨額の負債を抱えた同社を大胆な施策と実行力で再建させたニューリーダーとして知られる。リストラとリハビリに明け暮れた長い暗黒時代を経て、今、攻めの戦略を次々に繰り出し、世界をも射程にとらえ始めている。川鍋の戦略論に迫るため、前編では最初の10年に経営者としての川鍋の中でどんな変化が生じたのかをトレースしていく。