しかし解釈は時代と共に変わる。一度捨てたはずの武器を、この国はまた持ってしまった。でも過剰な防衛だけはしない。家には置いてあるけれど、外出するときは持ち歩かない。それは絶対に譲れない一線だ。そう決めていたはずなのに、さらに解釈が変えられようとしている。

この国は加害の記憶に被害の記憶を上書きした

 昨年夏、ベルリン自由大学の学生たちと話す機会があった。話題が首相の靖国参拝に及んだとき、一人の学生から「8月15日は日本のメモリアル・デーなのですか」と質問された。

「その日は終戦記念日だから、メモリアル・デーといえると思います。ドイツのメモリアル・デーはいつですか。確かベルリン陥落は5月ですよね」

 僕のこの問いかけに、学生たちは「その日はドイツにとって重要な日ではありません」と答えた。

 ならば重要な日はいつですかと訊ねれば、数人の学生が「1月27日」と答える。でもそれが何の日かわからない。首をかしげる僕に、彼らは、「アウシュビッツが連合国によって解放された日です」と説明した。「それと1月30日も。この日はヒトラーがヒンデンブルクから首相に任命されてナチス内閣が発足した日です」。

 学生たちの説明を聞きながら、僕は唖然としていたと思う。この違いは大きい。日本のメモリアルは被害の記憶と終わった日。そしてドイツでは加害の記憶と始まった日。どちらを記憶すべきなのか。どちらを起点に考えるべきなのか。

 結果としてこの国は、加害の記憶に被害の記憶を上書きし、さらに終わったことを起点に考えることを選択した。戦争の終わりはむしろ戦後の始まり。そこから日本の新たな歴史が始まる。戦後復興に高度経済成長。1968年のGNP(国民総生産)はドイツを抜いて世界第二位まで上りつめた。経済大国。ジャパン・アズ・ナンバーワン。強い国。豊かな国。脱亜入欧と富国強兵は、戦前も戦後も変わらない(ただし戦後は入欧ではなくて入米だけど)。