それは議員も同様だったという。16人のかすみがうら市議のうち、反宮嶋派は当時12人(議長を含む)。このうち7人が職員OBや子弟が職員という人たちだった。さらに6人が旧千代田町出身である。

 行財政改革をめぐる宮嶋氏と議会の議論は全く噛み合わず、業を煮やした宮嶋氏は2012年に二元代表制の原理原則から逸脱する挙に出た。議会リコールの署名運動の先頭に立ったのである(連載第44回参照)。結果は、規定数を超える署名を集めることができず失敗に終わった。

議会で提出議案が否決される日々
それでも行財政改革を推し進めた

 その後も首長と議会の関係に大きな変化はなく、提出議案が否決される日々が続いた。それでも宮嶋氏は、職員採用を2年連続して凍結するなど、行財政改革を進めた。

 職員数は4年間で486人から411人になり、75人削減された。こうして人件費は4年間の累計で約12億6000万円減少した。新規採用を3年目から再開し、4年目とあわせて20名ほど(消防士を含む)を新たに職員として迎え入れた。その際にも宮嶋氏の元に、受験者の親などから「なんとかなりませんか」といったアプローチが寄せられたそうだ。「どうにもなりません」と返答したという。

 また、宮嶋氏は石岡地方斎場の事業計画の一部から離脱し、市の負担を軽減させたり、各種補助金の見直しや小学校の統廃合を進めるなど、成果をあげていた。77歳の住民に7000円の敬老祝い金を送る条例の廃止を提案したが、議会に「高齢者軽視の施策」と否決されたりもした。

 一連の行財政改革の結果、市債残高は341億円から337億円と4億円減り、基金残高は39億円から64億円に増えた。財務状況は4年間で29億円改善したことになる。宮嶋氏は「去年(2013年)の夏ぐらいから野党議員とも話し合うパイプができてきました。支持者からも“しばらく仏様になっていろ”と忠告されました」と、振り返る。

 宮嶋氏はもともと広域合併論者で、土浦市と合併し、その後に、つくば市や石岡市などと再合併して60万政令市を目指すことを提唱していた。2013年暮れに土浦市とつくば市が合併の勉強会を開催することになり、ここへの参加を希望する宮嶋氏の働きかけにより、かすみがうら市や石岡市、守谷市などの4市もオブザーバー参加することになった。