財政改革で捻出した財源を少子化対策に
仕事の効率化を追求し続ける下條村の凄み

 無駄をトコトン省き、仕事の効率化を追求し続けてきたことの成果で、伊藤村長の手腕によるところが大きかった(連載第70回参照)。

 伊藤村長は1992年の村長就任直後から、役場職員の意識改革に乗り出した。当時としては常識外となる職員の民間企業への研修など、役場改革を命がけで断行した。お役所仕事を一掃し、職員を働くプロ集団に育て上げたのである。ピーク時に59人いた職員を37人にまで減らし、「少数精鋭」にした。

 こうした役場の奮闘ぶりに、住民たちも呼応した。村が提案した資材支給事業を受け入れ、小規模の道路や農道、水路の施工を住民自らが行うようになった。

 また、下條村は下水道事業を合併浄化槽に一本化する決断を下していた。国から手厚い補助が出る公共下水・農業集落排水事業よりも、トータルコストが少なくて済むと判断したからだ。実際、その通りの結果となった。

 下條村は一連の財政改革によって捻出した財源を、少子化対策などに充てた。子育て世代専用の村営住宅の建設や子どもの医療費無料化などである。こうして山間部に広がる小さな下條村が、全国有数の高い出生率を誇る自治体となったのである。

福島県泉崎村の役場。財政再建のため13年間、実質的な起債はゼロ

 村長応接室でのやり取りがしばらく続いた。何度も頭を下げる泉崎村の久保木村長に根負けしたのか、下條村の伊藤村長がとうとう「1人ずつなら……」と受け入れを承諾した。

 こうして2010年4月から、福島県の小さな村から長野県のより小さな村への職員派遣が実施されることになった。研修は1名ずつ、半年間ごととなった。

 それにしてもなぜ、泉崎村の久保木村長はこれほどまでに下條村への職員派遣にこだわったのだろうか。村の悲惨な財政状況が背景にあった。

 北海道夕張市が2006年6月、国の管理下で再建を進める財政再建団体となった。観光事業に失敗し、巨額の負債を抱えていたことが表面化したのである。夕張市の突然の財政破綻に住民のみならず全国民が驚愕し、日本中に夕張ショックが広がった。自治体財政の危うい実態に関心が集まるようになり、誰もが「我が町の財政は大丈夫か」と不安を抱くようになった。