このときに柿の芽が蟹に対して感じたのは狂気だ。そして不条理な暴力への予感。できることならこの場から逃げだしたいけれど、地面に根を張った身としては不可能だ。

 脅えながら柿は必死に成長した。暴力から逃れるためにはそれしかない。一年が経ち二年が過ぎ、六年後には立派な柿の木になった。八年まではまだ二年もある。ちょっとした記録だ。でももちろんその木の前で蟹は、「早く実がなれ 柿の木よ ならぬと鋏でちょん切るぞ」と毎日のように唄う。すぐ横を通りながら、「実がならなければ風呂の焚き付けに使えるな」などと独り言のように言う。柿はもう生きた心地もしない。世を呪いながら必死に実をつける。

 こうしてその年の秋、柿の木にはたくさんの実がなった。日ごとに赤くなり、どうやらそろそろ食べごろのようだ。

 ところがここで蟹は、計算違いをしていた自分に気づく。枝に鋏が届かないのだ。梯子の上り下りはどう考えても不得手だ。

 そこをサングラスをかけた猿が通りかかった。結局あれから高校は中退してチンピラになって、今では地域の鼻つまみ者だ。でもいきがっているのは外見だけ。幼いころから猿を知っている蟹は、ためらわず声をかけた。

「良いところに来てくれた。見てくれ。やっと柿がなったのだけど、私の鋏では届かない。木登りならあんたは得意だよね。ちょっと登って熟した柿をとってきてくれないか。お礼は柿の実だよ。少しなら食べていいから」
「やあ、これは本当においしそうだ。じゃあ約束だよ。少しいただくよ」

 そう言いながら猿は、するすると木に登る。枝に腰を下ろして、目についた柿を頬張る。同時に顔をしかめる。渋い。でもそれも当たり前。柿の木にしてみれば、ちょん切られるのが怖くて必死に実をつけたのだ。いわば内実のない成長を無理矢理に遂げてきた。甘さまでは気が回らない。猿は隣の枝の柿に手を伸ばす。もっと渋い。これはひどい。口が曲がる。生まれてきたことを後悔したくなる。そのとき蟹が、下でいらいらと鋏を振りながら言った。

「おいおい猿どん、まだかい。早くこちらに投げておくれ」
 「まあ待ちなよ。なんだか渋いんだよ」
 「嘘をつけ。そんなに赤いじゃないか」
 「赤くたって渋いのは渋い。やあこれもだめだ。これもひどい」

 そう言いながら猿は次々と柿の実を齧っては顔をしかめることをくりかえす。その様子を下から眺めながら、「ふざけるな。早く実を投げろ!」と蟹は木の上に向かって大声で叫ぶ。

「投げろ?」
 「当たり前だ」
 「投げたって君のその手ではうまく受け取れないだろう」
 「いいから早く投げろ。このごろつきめ。投げないとこの鋏で首をちょん切るぞ」