客のグラスの酒が半分くらいになると、すかさず新たにつぐ。カウンターの奥にある小さな紙にメモをする。老眼であり、本来は手元がよく見えないはずだ。実はメモをしているふりだ。後々のトラブルを防ぐために……。

 ママと目で合図をし合う。マスターは酒をあまり飲まない客に近寄り、「どこの大学出身?」と囁く。その横に、40代後半に見える60代半ばのママが音を立てることなく座る。夫婦にしかわからない、一瞬の間がある。3秒ぐらいだろうか……。

「人の不幸は蜜の味」
お客をカモにする連係プレー

 ママが「いただいて、いいかしら?」と声をかける。誰も承諾などしていないのに、遠慮することなく、自らのグラスに酒をつぐ。もちろん、この酒の代金はその客が支払うことになる。客が知らぬ間に、4~5杯分つぐこともある。

 マスターは、抜かりなくメモをする。この男は決して酔っていない。客にその動きを悟られそうになると、すかさず話題をそらす。「どこの大学? F大学? あそこのGキャンパスはもう、ヤバイでしょう?」――。その横でママが酒をつぐ。税務署を騙したこともある夫婦の連携プレーは、鮮やかだ。

 この繰り返しで客たちのプライドを刺激し、常連客にさせ、お金を払うように仕向ける。高卒から叩き上げた男が、数十年かけて築き上げたビジネスモデルなのだ。

 最後に、客が金を払うときが圧巻である。マスターは、カウンターの中でメモをしていた紙を持ち出し、ボールペンの先を動かし、計算をしているふりをする。かすかに声がする。「600円、500円、600円……」。これらを足しているような表情をする。不思議といつも「7000円」になる。たまらず筆者が、「いつも同じ額」と口にすると、「今度、安くするから……」と答える。「今度」は、十数年通って1度もなかった。

 マスターは、A大学出身の会社員には敵意を燃やす。ママの連れ子である娘が10年ほど前、A大学の文学部を卒業したからだ。客の前では、「娘が……」と口にする。しかしこの男に、他人の子の面倒をみるだけの度量はない。

>>後編「『負け組酒場』に集う高学歴ダメ社員の屈折した自尊心」(下)に続きます。

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