富士重工業 森 郁夫社長(撮影/加藤昌人) |
私は高知県出身です。同郷の偉人として、坂本龍馬は尊敬しています。桂浜から太平洋を見渡すと、「海の向こうになにかある」と大志を抱いた龍馬の気持ちがわかります。私も高知を出てなにか大きなことをやりたいと思ったものでした。
龍馬の魅力はなんといってもその先見性と行動力の高さです。それを鮮やかに描く逸話として、こんな話があります。
当時、土佐藩士のあいだでは長刀を差すことがはやっていましたが、龍馬は短めの刀を差していました。再会した旧友が指摘したところ「実戦では短い刀のほうが取り回しがよい」と言われ、納得した旧友は短い刀を差すようにしました。
次に再会したとき、旧友が勇んで刀を見せたところ龍馬は懐から拳銃を出し「銃の前には刀なんて役に立たない」と言いました。納得した旧友は早速、拳銃を買い求めました。
三度再会したとき、旧友が購入した拳銃を見せたところ龍馬は万国公法(国際法)の洋書を取り出し「これからは世界を知らなければならない」と言いました。もはや旧友はついていけなかったそうです。
龍馬が土佐藩という狭い世界を脱し、「日本を洗濯する」とスケールを広げて改革者になろうとしたように、私も社長就任以来、北米を軸に中国やロシアなど海外市場に注力してきました。
というのも、それまでの富士重工業はドメスティックで技術偏重な企業風土だったからです。
変革をもたらすリーダーとして、グローバルな視点を持つ龍馬から学ぶことは多いです。もう20年近くたちますが、私は富士重工業にとって初の海外生産拠点である、米国工場の立ち上げに携わりました。生産管理を長年やった後、海外営業も経験し、国が違えば考え方も違うことを痛感しました。
新しい日本をつくるために、それまで激しく敵対していた薩摩と長州に手を結ばせた龍馬。やはり彼の非常にネアカで前向きな性質が人を巻き込むのでしょう。私もネアカ志向をモットーとしています。
今度トヨタ自動車と協業で、まったく新しい小型FR(後輪駆動)スポーツカーを作ります。独自性のある商品、水平対向エンジンがわれわれの強みですが、ずっと1人でやっていたら今回、初となるFRと組み合わせるという発想は生まれなかったでしょう。
周りを巻き込んで、両社の技術を生かしたおもしろいクルマにしようという目的ができました。
(聞き手:『週刊ダイヤモンド』編集部 柳澤里佳)