マツダの流れが変わったのが、フォードから来た4人の外人社長の後を受けた、生産技術畑のプロパーである井巻社長(2003年)の就任からである。フォードとの関係を活かしながらマツダの独自色を高めていった。さらに、井巻社長の後を継いだ山内社長が2008年に就任すると共に、リーマンショックでフォードが13%を残してマツダ株を売却したことにより、マツダはフォードを離れて生き残りをかけざるを得なくなる。

 山内マツダ体制下では、2010年にトヨタとハイブリッド技術供与で合意、2012年に「構造改革プロジェクト」をスタート、2013年にメキシコ工場で北米向けトヨタ車の生産を開始、伊フィアットとスポーツカーの事業契約で合意と、次々に新たな選択に踏み切っている。

小飼体制で花開いた「SKYACTIV」
もっといいクルマづくりに魅了されたトヨタ

 その山内体制を受けたのが、現在の小飼社長だ。山内氏は井巻氏以来となる生産技術畑出身者の小飼氏を後継に指名し、マツダは2013年に小飼体制に移行した。ここで花開いたのが、「SKYACTIV」(スカイアクティブ)技術である。マツダは、かつて大株主であったフォード自身が苦しい経営状態に陥ったことで、2006年から自らの手で新世代技術「パワートレイン」の開発に取り組んできた。

「スカイアクティブ」とは、マツダの新世代エンジン、トランスミッション、ボディ、シャシー技術の総称である。すなわちマツダは、ガソリンエンジン・ディーゼルエンジンの内燃機関を極めることを目標としたスカイアクティブ技術を使い、先代のデミオを皮切りとして今回の新型ロードスターに至るまで話題の新車を投入し続け、市場の注目を浴びている。

 これに呼応したのが、豊田章男社長率いるトヨタである。豊田社長がマツダのスカイアクティブ技術と魂動(こどう)デザインに着目し、「ハイブリッド技術供与、マツダのメキシコ工場生産のトヨタOEM供給という個別プロジェクトから、お互いの価値観、実務同士の信頼感により中長期目標で機が熟し、今回の包括的業務提携に繋がった」(豊田章男豊田社長)というわけだ。