周囲の気づかなかったある人の感情が、いきなり表面に出てきて、みんなを困惑させる――。そういうことが珍しくないのも、相続の怖さ、難しさといえるでしょう。でも、話し合いの場で、いきなり感情対立に陥ってしまっては、まとまるものもまとまりません。そんなことにならないための、妙案はないものでしょうか? 相続に詳しい浅野和治税理士(浅野税務会計事務所)に聞きました。
「もうお金は出さないよ」のひとことで……
八木 相続の争いは、相続人の間ばかりで起きるとは限りませんよね。
浅野 その通りです。今回は、親と子、すなわち被相続人と相続人の間で起こったトラブルからお話ししましょう。
ある日、高齢の女性が相談にみえました。夫はすでに亡くなっていて、自分の相続をどうしようか、というお話だったのですが、その方には強い思いがありました。「長男には、1円たりとも渡したくない」とおっしゃるのです。子どもは、長男の他に、次男と長女がいました。
八木 長男だけには相続させない、と言うのですね。どうしてでしょう?
浅野 お父さんが亡くなった時、経営していた会社を長男が継いだのです。そこでは、お母さんに、お小遣い程度の給料を払っていた。お父さんが創業してから、ずっとそうしてきたんですね。ところが、息子が継いだとたんに「お母さん、会社が赤字だから、これからは給料を払えないよ」と、突然「通告」されたのだそう。怒り心頭に発して、「だったら、親の遺産も当てにするな」というわけです。
私のところに来た時には、すでに遺言書を用意されていました。それも、わざわざ長男の娘、すなわち孫を養子にしたうえで、次男、長女、そして孫に3分の1ずつ相続させる、という中身だったんですよ。
親子だから難しい
八木 孫はOKだけど息子にはやらない、というわけですか。相当お怒りだったんですね。
浅野 傍から見ると、息子に「母親のことなんかどうでもいい」とか、そんな気持ちはなかったように思うのです。いずれにせよ、そのままだと争いは必至でしたから、「息子さんが言うのは、会社が苦しいから協力してほしい、ということではないのですか?」と説得も試みましたけど、聞く耳持たず。そして、その状態のまま亡くなりました。
相続になって、案の定、揉め事になったのですが、傷口を広げたのは、長男がそんな遺言書の存在を知らなかったことです。母親が自分だけをのけ者にするなど、寝耳に水の事態だった。結局、遺留分(*1)の請求を起こしましたが、今度は彼が母への恨み、他の兄弟への不信感を募らせることになりました。
*1 遺留分 相続人が、最低限相続できる財産。相続人が子どもだけの場合は、法定相続分の2分の1。このケースでは、養子を含め相続人が4人なので、長男の遺留分は、自らの法定相続分4分の1×2分の1=8分の1となる。