妻は少しずつ、そして確実に不満を溜め込んでいったのですが、ちょうど震災の1年前に堪忍袋の緒が切れ、ついに同じ学区内のアパートを借り、小学生の息子さんを連れて出て行ってしまったのです。一方で哲彦さんは今まで通り、住宅ローンを返済しながら住み続けていました。

「本当は離婚するつもりでした。でも、なかなか時間がなくて……」

 後で分かったことですが、妻は離婚するつもりで家を出て行ったそうです。そして別居先での生活が落ち着いたら離婚を切り出す予定だったのですが、いかんせん、正社員として働きながら息子さんを育てるのは時間的にも経済的にも、そして精神的にも大変なことで、仕事と育児の両立だけで精一杯。具体的に離婚に向けて事を起こすことができないまま、あっという間に1年が過ぎ、震災の発生はそんな矢先の出来事だったのです。

 震災当日、哲彦さんは「とにかく息子のことしか頭にありませんでした」と胸のうちを振り返ります。勤務先の会社から早い段階で帰宅を命じられ、向かった先は自宅マンションではなく、息子さんの小学校。今まで育児にほとんど無関心だった哲彦さんでしたが、震災という緊急事態に遭遇して、ようやくスイッチが入ったのでしょうか?

地震直後、息子の小学校で再会
無事だった自宅で一緒に暮らすことに

 哲彦さんは脇目も振らず、一目散に小学校へ向かったそうです。そして息子さんとの対面を果たしたのですが、幸い息子さんには目立った怪我はありませんでした。哲彦さんの到着から遅れること30分、妻が小学校に着いたのですが、妻は驚きのあまり、豆鉄砲を食らったような顔をしていたそう。「いるはずのない人(夫)がそこにいたから」。

 妻は、哲彦さんが息子さんの様子を気にかけ、無事を案じて一目散に駆けつけるとは露ほども思っていなかったそうです。2人が直接、顔を合わせたのは、ほとんど1年ぶりでした。何とも気まずい雰囲気が流れていたそうです。

「余計なことしないでよ!」と数多くの同級生や教諭、そして親御さんがいるなかで、哲彦さんを追い返すことは難しく、最終的には2人で息子さんを引き取ったのです。親子で両手をつないで帰っていく姿は一見、微笑ましい光景ですが、いかんせん2人は別居中の夫婦なのでバツの悪い感じは否めませんでした。