妻の別居先のアパートは、地震による被害はかなり大きく、外階段が崩れ落ち、バルコニーの底が抜け落ちたりしてかなり悲惨な有様。翌日には大家さんが外階段を仮修繕してくれたので、何とかエントランスに行き来できるようになったのですが、それ以外の被害は手付かずの状態で、これでは小学生の息子さんにとって危険すぎ、まともな生活を送るのは難しそうでした。

 一方、哲彦さんの住む分譲マンションの構造は鉄筋鉄骨コンクリートの丈夫な造りだったおかげで、地震の揺れではビクともせず、妻にとっては幸か不幸か分かりませんが、ほとんど被害は出なかったようです。

「他に行くところがないから、しょうがなかったんです」と妻は当時の心境を振り返りましたが、結局のところ、震災の渦中で新しいアパートを探すことは現実的ではなく、また妻の実家である福岡に戻ろうとしても震災直後の混乱で交通手段がなく、そして余震が頻発している最中で、妻が不安な気持ちに苛まれていることも影響したのでしょうか。震災前、妻は二度と戻らない覚悟で自宅を後にしたのに、自宅に戻ることにしたのです。

 とはいえ一度、離婚しようと決めた相手と一緒に暮らすなんて……元の鞘に戻るのはそうそう簡単なことではありません。あれから5年。今年に入ってから哲彦さんの話を電話でうかがう機会があったので、最新事情を紹介しましょう。

子どもを介して夫婦関係が改善
「家族の絆をもう一度築けた」

 例えば年末、息子さんがインフルエンザにかかってしまったとき。大晦日ということもあり、なかなか病院が見つからなかったそうですが、哲彦さんは妻に任せきりではなく、一緒になって病院を探したそうですが、それだけではありません。「仕事は相変わらず多忙ですが、それでも仕事の量を減らす、早く帰宅できるよう工夫しています」。

 哲彦さんは、以前のような家庭を顧みない仕事人間ではなくなったようです。もちろん、哲彦さんのモチベーションは「妻のため」ではなく「子どものため」だったのでしょう。

「もう離婚してやる!」