今でも些細なことで夫婦喧嘩に発展するそうで、妻はそんなふうにタンカを切るのですが、実際のところ、離婚の二文字を具体的な行動に移す気配はまったくないそうです。このように離婚寸前まで悪化した夫婦関係は震災をきっかけに、そして「子どもという存在」を介して少しずつ修復に向かっているように私の目には映りました。もしかすると震災が起こらなければ、哲彦さんが自分の過ちに気がつかず、心を入れ替えることもなく、このまま離婚に至っていたのかもしれません。

「家族の絆をもう一度、築くことができたような気がします」

 哲彦さんは最後にそう言い残すと、ゆっくりと電話を置きました。もともとは6年前に離婚の相談に乗ったのが最初ですが、今後は彼の口から離婚の二文字が発せられないよう願うばかりです。

 このように哲彦さん夫婦は震災をきっかけにやり直すことができた「震災復縁」の典型例なのですが、仲の悪かった夫婦は皆が皆、震災を境に仲良しに戻り、そして良好な関係を今でも続けているのでしょうか?

別居中の妻に「やり直したい」と
水や食料など物資を運んだ夫

 震災をきっかけに一時的にはよりを戻したけれど、震災復縁の効果があまり長続きせず、また夫婦喧嘩が再発するという「元の黙阿弥」のようなケースも存在するのですが、2組目の夫婦の証言を聞いてみましょう。

「水や食料を運べば嫁とやり直せるはず、最初はそう思っていました」

 そうやって苦虫を噛み潰すように心情を吐露してくれたのは長谷川健人さん(32歳、北茨城市在住)。健人さんも前述の哲彦さんと同じように震災当時は妻と別居中でした。別居のきっかけはマンションの購入。健人さんはマンションの購入費用を全額、父親に出してもらったのですが、そのせいで今まで良好だった夫婦の関係がこじれるようになったそうです。

 健人さんが妻に対して頼み事をすると、妻は決まって「あんたと結婚している限り、どうせ逆らえないでしょ!」と余計な一言をこぼすのです。妻は自分の実家がそれほど裕福ではなく、マンション購入時にまったく援助できなかったことを負い目に感じていたように健人さんの目には映りました。

 健人さんは「実家の経済格差」について特に気にも留めていなかったのですが、一方で妻はどんどん卑屈になり、ヒステリックな言動が増えていき、しょっちゅう夫婦喧嘩に発展し、夫婦の関係は日増しに悪化していったそうです。