一つには、当選には概ね200万票以上の得票が必要な大規模選挙であり、選挙戦術上どうしても知名度優先の候補者選びにならざるを得ないことだ。加えて、公職選挙法で知事選は告示が投開票日の17日前までと定められている選挙期間の短さの問題もある。この期間では、東京都が抱える多くの問題に対して各候補がどう対処するのかの議論が十分できない。

 例えば、2〜3ヵ月の選挙期間があって、公開討論のような場が何度かあれば、候補者の力量や見識を評価することが多少はできる。また、その後の辞任やレームダック化の原因になりかねない個人的問題に関するチェックが多少は働くだろう(「週刊文春」の〆切が数回ある)。

 なお、辞任が不可避になるような「傷」がある場合、それでスッキリ辞任に至るのであれば有権者は、選択のやり直しに付き合えばいいが、その傷につけ込まれて都議会・都庁・あるいは何らかの利権の主体によって知事がコントロールされるような状態になることがよりまずい事態だろう。

 舛添要一氏の辞任は、おそらく与党が参院選への悪影響を恐れて早期の収拾を図ったことに影響されたと推測するが、こうした要因が働かずに、彼が延命に成功してその代わりに「レームダック化」するとすれば、それこそ都民にとって最悪だった。一都民としては、舛添氏の問題が参院選の時期に重なって、知事を選び直すチャンスを得たことの幸運を喜びたい。

 しかし、問題は、どうすると良い知事を選ぶことができるのかだ。率直に言って、難問である。

都知事選びは新入社員の採用と似ている!

 選択の問題として都知事選は、他の何に最も似ているだろうか。

 たぶん、読者に馴染みのあるイベントで都知事選びに最もよく似ているのは、新入社員の採用ではないだろうか。

 大学の学長選挙のようなものの雰囲気の方が都知事選には近いかもしれないが、候補者をよく知り、利害関係のある者が、自分の利害に大きく影響されて投票先を決めるので、大衆がよく分からない相手を短期間で評価する都知事選とは異なる。同様に、政党の代表選挙のようなものとも異なっている。