「好財務で保守的なキリン」「借金をして攻めるアサヒ」という構図はこの10年で正反対になった。財務状況の変化は、経営マインドや企業体質を変えてしまうのか。
1990年代、財務の教科書では「キリンビールとアサヒビールの比較」は定番だった。「ピカピカの財務で保守的な業界トップのキリン」対「借金をふくらませキリンを追い上げるアサヒ」といったビール企業両雄の好対照が財務諸表に如実に表れていたからだ。
アサヒは売り上げ不振で80年代初頭にシェアは約10%まで落ち込み、業界最下位を争っていた。80年代後半には“財テク”に走ったが、バブル崩壊で財務体質はボロボロ。アサヒの90年代10年間の自己資本比率は平均18.8%と“警戒水域”だった。
それでも、87年に発売した「スーパードライ」が空前の大ヒット商品となり、攻勢に転じ、財務体質を犠牲にして(借金をして)もシェアを奪いにいくというスタンスは明快だった。
一方のキリンは53年度から不動のシェアトップ。その間に利益は蓄積された。三菱財閥系で「保守的」という風土に加え、グループ企業との持ち合いで1000億円超の株式含み益もあった。自己資本比率は90年代平均で47.5%。多額の借金を背負いがちな巨大装置産業という業態を考慮すると、「ピカピカ」の財務体質だった。
90年代後半、アサヒは借金の多さから毎年約120億円の利払いが生じていた。営業利益では肩を並べるまでになっていたものの、金融収支を加えた経常利益ではキリンの後塵を拝していた。
この定番の比較事例は今日の財務の教科書にはない。この10年間でシェアや企業体質など、両社の関係が逆転したからだ。