青木 徹(あおき・とおる)
学校法人開智学園理事長
1947年東京生まれ。東京学芸大学卒業後、音楽科教員として都内の公立中学校に勤務。96年埼玉第一高等学校(現・開智高等学校/さいたま市岩槻区)の学校法人理事となり、翌97年開智中学校(中高一貫部)開校。開智国際大学学長を兼ね、2022年から埼玉県私立中学高等学校協会会長も務める。
30年越しでようやく実現した所沢進出
――4月にいよいよ開智所沢小学校・中等教育学校(仮称。埼玉・所沢市)が開校します。開智日本橋学園中学・高等学校(東京・中央区)の開校から10年近くたちました。
青木 学校を経営しようと最初に考えたときに、都内で難しければ、生まれ育った国立市(東京)からも近い所沢市を候補地として考えていました。最初の学校として開智(さいたま市岩槻区)を開校した時も、次の学校は埼玉の東と西でちょうどいいからと、所沢を考えていました。それがこんなに時間がかかってしまった。
――30年越しでようやく実現したのですね。最寄りがJR武蔵野線「東所沢」駅で、角川武蔵野ミュージアムもあるところざわサクラタウンにも近い。
青木 最初、ところざわサクラタウンがある土地を学校用地にしてはどうかと、前市長に打診されたのですが、学校用地としては高かったので、現在の場所にしました。地主さんは趣旨を理解してくれて、10年以上も売らずに待っていてくれました。
――その間、開智学園の3つの学校ができています。何か事情がありましたか。
青木 昨年10月に新市長が選ばれました。3期務めた前市長が埼玉県議時代に、同僚を集めてうちの学校に視察に来たことがあります。うちの教育内容を見てから、「私立ってバカにしていたけれども、違うんだな」と。
――埼玉は私立がバカにされている(笑)。
青木 前市長は公立学校の元教員で、開校のための記者発表で、「実は、私は私立が大っ嫌いなんです。いい生徒をみんな私立にとられてしまうから」と挨拶しましたが、初めて市長に立候補した時には、「開智のような私立が所沢には必要だ」と私立校の誘致を公約にしてくれました。
ある程度話が進んだところで学校づくりを始めようとしたら、東京オリンピックの関連で人手不足だったのか、「値段が高くなるけれど、それでもよければ集めてくるよ」と言われました。学校はそんなに利益が出ませんから、あまり初期投資がかさむと、後で苦しむことになります。
――そういう理由で開校が延びたのですか。
青木 何年か待って着工したら、今度はウクライナで戦争が始まってしまった。
――結局一緒でしたか(笑)。4月に小学校と中等教育学校の同時開校となりますね。
青木 1学年の学則定員は小学校120人、中等教育学校240人です。初年度の小学校は、1年生100人、2年生から5年生は異学年齢学級を編成するためそれぞれ50人ずつを募集しました。
――すごい規模の学校ができますね。
青木 大泉町(東京・練馬区)までは確定していますが、所沢市は東所沢駅まで地下鉄12号線(都営大江戸線)を光が丘駅から延伸させたいと考えています。その際には、こちらに向けて入ってくる人も必要になる。所沢市内に私立校はありません。角川とうちで何とかしようということで、少し大きめの学校にしました。
――近所に住んでいたのでよく分かりますが、所沢にはトトロの森があるし、江戸時代から続く三富地区という北海道のように広大な農地も広がっていて、環境はいいですね。
青木「いいところ見つけましたね」と言われました。緑が多い割に都会に近い。小学校で近くの田んぼを借りて稲作りをしたいと考えています。
――それにしても、中等教育の学校だけで、この四半世紀に5つもつくっていらっしゃる。すごいですね。
青木 すごくはないです。みんな頼まれてやっていることですから。先日、千葉県の教頭会から「私立の教育を教えてほしい」という要望を受けて講演してきました。「私は一つだけ皆さんに勝っていることがあります。それは50年間教職に就いていることです」と言いました。