17歳の女子高生・児嶋アリサはアルバイトの帰り道、「哲学の道」で哲学者・ニーチェと出会います。
3日後、ニーチェは鴨川にアリサを連れ出し、水切りをしながら、こう語るのでした。
「そうだ。人の目を気にして、子鹿のようにぷるぷると怯えるのではなく、積極的に自分と戦うのだ!
 隠れて生きる必要はなく『人生を危険にさらすのだ!』」
ニーチェ、キルケゴール、サルトル、ショーペンハウアー、ハイデガー、ヤスパースなど、哲学の偉人たちがぞくぞくと現代的風貌となって京都に現れ、アリサに、“哲学する“とは何か、を教えていく感動の哲学エンタメ小説『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』。今回は、先読み版の第12回めです。

人生は無意味だから、自由に生きてやれ

「積極的ニヒリストとして……」

「そうだ。人の目を気にして、子鹿のようにぷるぷると怯えるのではなく、積極的に自分と戦うのだ!
 隠れて生きる必要はなく『人生を危険にさらすのだ!』。怯えるのではなく、自分を否定することなく、何事も挑戦し戦い抜くことで、喜びは掴めるのだ!」

 人生は無意味だから、自由に生きてやれというニーチェの言葉に感じたのは真新しさだった。“人生には、生まれてきたことには必ず意味があるから、大切に生きようね”というような言葉は耳にしたことがあったが、無意味だからこそ、自由に生きるという発想は、いままでの私にはなかったからだ。

 うまく生きよう、失敗することなく上手に生きようと思いすぎると、失敗するんじゃないかと、挑戦すること自体が怖くなってしまう時がある。

 これは新しいことをはじめる時でも、人間関係でもあることで、うまくやろうとすると、窮屈になってしまう場合がある。

 怯えずに、何事にも挑戦しつづけるということは、“うまくこなす”ことへの執着から、自分を解放する覚悟も必要になってくるのではないかな、と私は思った。

 理想を挙げればきりがない。私も自分の環境に対して、あの時怪我さえしなければとか、もっと両親とわかりあえたらとか不満を抱くことがある。けれども、理想どおりではないからと、自分の人生を否定してしまっては何も前に進まないのかもしれない。どれだけ周りを羨ましく思おうと、どれだけ不満を抱こうと、私は私の運命を受け入れ、生き抜くしかないのだ。そしてそれは、諦めに負けない、強さなのだろうか。

 あたりはすっかり暗くなり、鴨川にかかる橋を走る車の灯りが、せわしなく通りすぎる。

 鴨川の川辺には何組ものカップルが等間隔に川を見つめながら座っていた。流れる車の灯りは、鴨川の水面にうっすらと照らし出され、まるで灯籠を流しているようにも見えた。

 新歓コンパ中の、大学生の集団はこれからさらに盛り上がるぞといわんばかりに、コールを繰り返しながら、お酒を飲んでいる。

 ブルーシートの上に置かれた小さなスピーカーからは相変わらずエレキギターが高音と低音を行ったり来たり慌ただしい洋楽が鳴り響いている。それぞれの時間が、それぞれの世界をつくりだし、ただその場に在った。

「アリサ、そろそろ腹が減ったな。何か美味いものはないか?」

 ニーチェはひととおり話し終わると、すっくと立ち上がった。

「えーと、この辺ならちょっといけばラーメン屋とかあるかな」

 私も立ち上がり、お尻についた砂を手でパンパンと払いのけながら答えた。

「ラーメン?なんだそれは?言っておくが私はなかなかのグルメだぞ」

「ニーチェって面白いね。スマホゲームは知っていてラーメンは知らないって。あと、イメージしていたよりもずっと普通だよね。哲学者ってもっと堅物かと思ってた」

「普通?凡人ということか?」

「いや、そうじゃなくて、ほらグルメなんでしょ?イメージとしてはもっとやばい、山にこもってる仙人みたいな感じかと思ってたから。野草しか食べないような」

 私の言っていることがいまいちよくわからないのか、ニーチェは指に前髪を絡めながらなにかを考えているようだった。そして、ひらめいた!と言わんばかりに、するっと指から髪をほどくとこう言った。

「わかったぞ!ツァラトゥストラのことだな」

「ツァラトゥストラ?え、何それ」

「知らぬのか!私の名著『ツァラトゥストラ』を!まあいい。そのラーメンとやらを食べながらでも話してやろう」

「うん、とりあえず、今日はもう充分教えてもらったから、また今度ゆっくり聞かせて」

 私とニーチェは鴨川沿いの歩道を歩いて、ラーメン激戦区へと向かうことにした。

 京都の料理というと、薄味を思い浮かべるのが一般的ではあるが、京都のラーメン屋は「天下一品」にも見られるように、こってりとした味のものが多い。私は、そんな京都のラーメン屋の味付けの説明をしながら、ニーチェの好みはどんな味であるかを探り、どこに連れて行こうかと思い巡らせながら、ニーチェと横に並んで歩いた。

 ヘッドライトが忙しく流れる車道を横目に、ラーメン屋が多く立ち並ぶ地域へと向かう。歩道に並ぶ木々たちが葉をこすらせるサラサラとした葉音が、風と共に心地よく道すがらを楽しませてくれていた。

(つづく)

原田まりる(はらだ・まりる)
作家・コラムニスト・哲学ナビゲーター
1985年 京都府生まれ。哲学の道の側で育ち高校生時、哲学書に出会い感銘を受ける。京都女子大学中退。著書に、「私の体を鞭打つ言葉」(サンマーク出版)がある