熱海や浅草の花火大会に出かけて、ドーンと花火が打ちあがるときには、「はいっ、今打ちあがりました。大きな火の玉が上空に向かって昇っていきま~す」

 と実況中継するのです。そして再びドーン。

 「あっ、大きなヒマワリのような黄金の花が開きました。きれいに広がっていま~す」

 パチパチ、パラパラパラ。

 「あっ、そこから今度は小さな赤い玉がいくつもいくつも散っていきます。夜空一杯に赤い花火が広がっていま~す」と語りかけました。

 花火が打ちあがるたびに、周囲の観客からわぁっと大きな歓声が上がります。伸行も「花火の大きな音がお腹に響くね」と大はしゃぎでした。

 また、普段から近所を歩くときも、街路樹に咲く花を見ては「沈丁花のいい香りがするね」「桜のつぼみが膨らんできたね」などと話しながら景色の色合いを共有してきました。

 また、伸行は私に似てとても食いしん坊でした。そのため、「りんごは赤」「バナナは黄色」というように、実際の果物に手を触れさせながら、食べ物にもそれぞれの異なる色があることを教えていきました。

 「今日の風は、なに色なの?」という冒頭の一言が飛び出したのは、そんなある日のことです。その情景を、近著『今日の風、なに色? CDブック』(アスコム)に詳しく書いたので、一部を引用します。

『今日の風、なに色?CDブック』(辻井いつ子著、アスコム)。全盲で生まれた我が子を二人三脚で世界的ピアニストに育て上げるまでがエッセイ風に綴られている。辻井伸行さんが演奏するCD付

 「あの春の日もそうでした。手をつないで歩いていると柔らかな春風が私と伸行の頬を心地よくなでていきました。すると伸行が突然、私に聞いてきたのです。

 『じゃあ、今日の風は、何色なの?』

 とっさのことで、私は答えに詰まりました。『風には色がないのよ』と言うと『ふーん』と答えました。

 けれど、風の表情を敏感に感じ取れるほど伸行の心が豊かに成長しているのを知って、思わず涙がにじむほど感動しました。私の記憶のノートに、伸行の素敵な言葉として記録されました。きっと私はものすごく笑顔になっていたと思います。

 今、ピアニストになった伸行の演奏は、色彩感覚が豊かであると言っていただけるようになりました」