日本シリーズが終わった。4勝2敗で北海道日本ハムが10年ぶり3度目の日本一に輝いたが、どの試合にもドラマがあり、見ごたえのあるシリーズだった。

 日本ハムは福岡ソフトバンクにつけられていた最大11.5ゲーム差を大逆転してパ・リーグを制覇、広島は2位巨人に17.5ゲームもの大差をつけてセ・リーグを制し、クライマックスシリーズも難なく通過。そんな勢いのある両チームのぶつかり合いだったせいか、ワンプレーが勝敗を分けるような緊迫感が常にあった。このシリーズを観て、野球の面白さを再認識した人も多かったのではないだろうか。

 また、優勝が決まった時のマツダスタジアムを埋めたカープファンの姿も見事だった。応援するカープが負けて悔しくて仕方がないはずなのに大半のファンが球場に残り、日本ハム・栗山監督らの胴上げに拍手を送っていた。勝敗を超え、いい試合を見せてくれた両チームには敵味方関係なく称える。こんな“見る目を持った”ファンに支えられているから、広島は強く魅力的なチームになったのかもしれない。

巨人が全国区の人気チーム
地域密着は広島と中日だけだった過去

 同時に今シリーズは、プロ野球にも地域密着運営がしっかりと根づいたことを印象づけた。広島のホーム・マツダスタジアムはカープファンの赤で染まり、ファイターズファンがいたのは限られたエリア。日本ハムの本拠地・札幌ドームはその逆だった。

 昔のプロ野球では、こうした光景は見られなかった。全国的な人気を誇った巨人が主導する構図があって、地域密着運営という発想がほぼなかったのだ。

 各球団の本拠地を見てもそれがわかる。たとえば長嶋茂雄氏や王貞治氏が活躍し、巨人がV9を成し遂げた1960年代から70年代にかけて。首都圏には5球団(巨人、ヤクルト、大洋、ロッテ、東映)、関西圏には4球団(阪神、南海、阪急、近鉄)が集中し、それ以外の地域には広島、中日(名古屋)、西鉄(福岡)があるだけだった。西鉄ライオンズの経営が太平洋、クラウンと移り、西武に買収された1979年からは首都圏に半数の6球団が集まる状態になった。

 この頃は巨人が人気を独り占めしており、巨人戦以外のカードを観に行くのは、地域性とは関係なく、主にそのチームの監督や選手が好きだからという理由から。1塁・ライト側はホームチーム、3塁・レフト側はビジターチームのファンの観戦席と二分されていた。

 そのなかで数少ない地域密着型のチームだったのが広島と中日。「地元のチームだから」という理由で人々が応援していたのは、この2球団だけだったといえる。