煙を上げて力強く稼働する工場は、日本経済の躍動を象徴する存在である。しかし昨今は、多くの人の心を惹き付け、癒すものでもあるらしい。“工場萌え”と称し、複数の巨大工場を見学するバスツアーやクルージングツアーが活況を呈している。どこか近未来的な景観を見せる夜景や、威容を誇るコンビナートなどに美しさを感じる愛好家も多いという。
そんな日本の現役工場を、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産に推す動きが強まっている。該当するのは、新日本製鉄の八幡製鉄所(北九州市)と三菱重工業の長崎造船所だ。
ところが、現行の文化財保護法は、稼働中の施設を文化財指定から除外しているため、世界遺産に登録することができなかった。これに対して政府は、世界遺産登録を促進すべく、法整備に乗り出している。来年3月の閣議決定において、文化財保護法の見直しを盛り込んでいるのだ。
これに伴い、昨年12月13日に蓮舫行政刷新相が八幡製鉄所を視察し、世界遺産に推薦できるよう法整備の見直しを考えたいと改めて表明した。これに対して、もちろん地元も「観光効果が見込める」と歓迎ムード。観光資源としての世界遺産の価値の高さに、期待を寄せている。
今回ユネスコの世界遺産暫定一覧に追加されているのが、「九州・山口の近代化産業遺産群」だ。この八幡製鉄所や長崎造船所、三井三池炭鉱跡(熊本県)、端島炭鉱跡(=軍艦島、長崎県)、松下村塾(山口県)、旧グラバー住宅(長崎県)などが含まれている。
これらの産業遺産は、近代の西洋技術の導入やその後の工業化の過程を今に伝える貴重なもので、工業国家・日本のアイデンティティを表すものとしても非常に価値が高い。
広く世界に目を移せば、海港商業都市のリバプール(イギリス)やポントカサルテの水道橋と運河(イギリス)、カールスクローナの軍港(スウェーデン)などの「現役」の産業施設が、世界遺産に登録されている。
日本国内でも、産業施設の歴史的価値が正当に評価され、晴れて世界遺産に登録されることは、日本国内の産業や遺産の保護、さらには地域振興といった意味合いでも、極めて価値は大きいだろう。今後の動きに注目していきたい。
(田島 薫)