強い統制力を維持するのに
高い報酬を与えるだけでは失敗する

 ところが、強い統制力を発揮する手段として、高い報酬を与えるだけでは失敗する。前述のとおり、得ることのできた内部情報を他所に高値で売る輩が存在するためである。また、特定の技術領域に長けているハッカーを指揮命令系統の中に入れる場合は、その技術領域の範囲内で活動の場を適切に提供しなければならない。さらに、現在、国内外においてセキュリティ人材という名目でハッカーを育成する取り組みが推進されているが、そのハッカー以上の能力と経験を積んだ技術者を確保して、教える立場に据えなければならない。

 人材以外の観点で「国家によるサイバー攻撃」を眺めると、秘密裏に開発された「高度な技術」の存在がある。敵対する国の社会インフラにおける重要システムは、すでに高いレベルのセキュリティ対策が施されているため、これを凌駕する攻撃技術を開発或いは獲得することが必要となるが、これは一般的な技術開発とは大きく異なるものである。

 一般的な技術開発は、「産業や生活などを一層有効な形で運営するための技術の獲得を目的として、それを成し遂げるための組織的な努力のこと」である。実際の活動は、製品や製法のイメージを明確にした上で、科学における知識や法則の基盤を基に、社会のニーズに当てはまるものを発明していく。これにより、資本主義体制という、資本つまり貨幣の運動が社会のあらゆる基本原理となり利潤や余剰価値を生む体制の社会において、技術開発の好循環が進み、常に社会と対話しながら高度な技術が作られていく。

 そのため、敵対する国の社会インフラや重要施設に深刻な被害を与える攻撃技術の開発においては、対話すべき対象が「社会」ではなく、「特定の国家機関」となる。そして、このような技術開発の調達先の多くが、利潤追求を求める民間企業であるため、特定の国家機関は、開発された攻撃技術に対する対価を支払っていくことになり、膨大な予算を確保しておくことが求められる。

 さらに、技術開発に必要となるイメージを作るためには、敵対する国の社会インフラや重要施設において実際に稼働しているシステムの構成や利用技術を把握及びそれらの脆弱性を徹底的に見出した上で、被害を確実に発生させるため攻撃プロセスを立案していくことになる。つまり、「特定の国家機関」は、高度な諜報能力と緻密な作戦能力の発揮が求められる。

 このように、特定の目的を達成するためのハッカーの育成や確保や、攻撃を実現するための高度な技術を開発するには、様々な困難を伴うことになる。しかし、豊富な資金力(予算)が確保でき、かつ強い影響力を行使できる権限を有する「特定の国家機関」であれば、その実現は不可能ではない。すでに、諸外国で確認されている「国家によるサイバー攻撃」の多くに、国家の意思が必然的或いは潜在的に反映されている。