オノ・ヨーコ Photo:SANKEI

ジョン・レノンとオノ・ヨーコの出会いは、長らく「偶然が重なった奇跡的な出来事」と語られてきた。だが、その初対面をめぐる証言や状況をたどっていくと、いくつもの謎が浮かび上がる。2人は本当に偶然出会ったのか?運命の1日をあらためて検証する。※本稿は、ノンフィクション作家の青木冨貴子『ジョン・レノン 運命をたどる ヒーローはなぜ撃たれたのか』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

厳格な両親に反発し
家を飛び出したヨーコ

 その頃の洋子は20世紀の音楽に最も大きな影響を与えたといわれたアーノルト・シェーンベルクのレコードを繰り返し聞いた。伝統的なハーモニーとメロディに背を向け、主音のない無調の曲をつくったアプローチこそ、洋子自身の進む未来の方向を提示していた。

 そんな洋子は当時、放火魔になるのではないかと自分で心配になるほどマッチばかりすっていたという。満たされぬ思いでいっぱいだったので発狂するのを防ぐためにマッチをすって気をなだめていたというのだが、やがて伝統的な文化の概念や枠組みを超えた新しい文化形態、つまり前衛と呼ばれるものに出会った。

 大学でも家庭でも洋子の立場は急速に悪化した。大学当局は彼女の出席率の悪さを理由に、このままでは放校処分もありうると通達してきた。しかし洋子は何食わぬ顔でマンハッタンに入り浸って「ライティング・ピース」(マッチ・ピース)など、洋子のアートの基礎となる創作活動を始めた。

 名門ジュリアード音楽院の学生で物静かな日本人作曲家一柳慧と知り合って恋に落ちたのはこの頃だった。結婚するために一柳を両親に引き合わせた。