そういう意味で、「ロマンスがなければ結婚はできない」という考え方は、ここ数十年間に流行した極端な思い込みにすぎない、とも言える。まずは相方と呼べるような相手を見つけることが重要なのであり、色恋沙汰はその後でもいい。『逃げ恥』は、「交際は望んでないけど、結婚はするつもり」という時代の空気を的確に掴んだからこそ共感を呼んだのだ。

多様性に配慮し尽くした、正しすぎる「相方」という表現

 ところで、筆者のように物を書く仕事をしていると、「彼氏、彼女」という表現を使うのを躊躇うことがある。たとえば、クリスマスに関する女性向きの記事を書くとしよう。「彼氏とのクリスマスデート。もう計画は決まりましたか?」と書いたところで、ふとキーボードを打つ手が止まるのだ。果たしてこの場合、「彼氏」という表現は適切なのだろうか、と。

 昨今では、多様性への配慮が求められる。女性の交際相手が男性であるとは限らない以上、「彼氏」という表現は避けるべきなのかもしれない。ならば、どういう表現があるのか。

「恋人」という表現は性別が限定されない代わりに、先ほどから指摘しているとおりロマンスだけが交際の形ではないため、こちらも微妙に感じる。では、ポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)的に問題をクリアでき、若者の実感にもあう「パートナー」という表現はどうだろうか。悪くはないが、意識が高い横文字が気にならないでもない。となると、残された選択肢は、やはり「相方」だ。完璧に正しすぎて、震えるほどである。

 考えれば考えるほど、相方という表現も悪くはないように思えてくる。あと必要なのは、慣れだけだ。なにごとも、変化し始めの時期には軋轢を生むものである。スマートフォンだってそうだったではないか。「あんなもの、持ち歩く意味がわからない」と言っていた友人も、今ではスマホなしはあり得ない生活を送っている。はじめは違和感があっても、慣れてくればなんてことはない。「相方」という呼び方も、いつかそうなる日がくるのかもしれないのである。古い考え方は、いずれ新しい考え方にとって代わられ、淘汰されていく。

 気がつけば、もう12月。街中ではクリスマスソングが鳴り響き、イルミネーションが光り輝く季節がやってきた。今年は23日~25日までが3連休と、相方たちにとっては、またとないうれしい日程だ。相方とのクリスマスデート。もう計画は決まっただろうか?

 筆者は、新しいものへの違和感を拭い去ることができない、遅れた人間のようである。

 当連載についてご意見がある方は、筆者のTwitterアカウントにご連絡いただきたい。すべてに返信できないとは思うが、必ず目を通したいと思う。