当然ながら、この絵の作者は、驚きと嬉しさでいっぱいだった。J・K・ローリングとツイッターで直にやりとりでき、「やばい ほんとにやばい 生まれてて一番絵を描いててよかったって思った てもこれは現実なのか、、?」と興奮が伝わってくるコメントをしている。

 このことはネット上のニュースに取り上げられ、一部で話題になったのだが、日本での反応を観察していて、面白いことに気づいた。

「ガラパゴス」日本は
世界の目には“宝の山”

 ネット上で自主的に絵を公開している他の「絵師」からのコメントは、総じて辛口のものが多かったのだ。「ハイタッチなんて使い古されてる構図じゃん」「絶賛されてるっていうから見たら、ありきたりな絵」などのコメントがあった。つまり、普段からそのようなファンアートを描いている「専門家」と、原作者を含む海外の人々の間には、この絵に対する評価に温度差があったようだ。

 そんな中、ある人がネット上で「これはつまり、日本人絵師の間ではありきたりのことが、世界の人々には新鮮で素晴らしく思えたってことで、ガラパゴスだったってことでは?」とコメントした。そしてそれに賛同する意見が相次いだ。

「ガラパゴス」という比喩は、生物学者のダーウィンが『種の起源』を著すための調査地となったガラパゴス諸島から来ていることは、すでにご存じの読者も多いだろう。ここは他の陸地からかけ離れた場所にあり、生物はここ特有の環境に適応するために、世界の他の場所とは異なった進化過程を経てきたというのがダーウィンの主張だった。

 それと同様に、このケースでは、日本のアマチュアイラストレーターが集まるネットという「特有環境」で培われたある種の文化(この場合は絵画の構図、パターン、モチーフ等)が、世界から隔離されたガラパゴスのような環境だったが、そこから産み出された作品は、世界から見れば新鮮な価値を持っていたということだろう。

 私たち日本人は、このことをもう少し真剣に考える必要があると思う。

 1980年台、日本の産業が快進撃を続けていた頃、多くのヒット商品はガラパゴス的な土壌から生まれた。コンパクトで故障が少なく、細かいところにまで手が届く、そういった商品は基本的に国際的なデマンドではなく、日本の国内的デマンドから開発された。ウォークマンや小型車はその典型だ。それは、米国をはじめとする世界から認められ、日本製品のステイタス向上に役立った。

 ここで重要なのは、製品開発は「ガラパゴス的土壌」で行われ、それが「世界で認められる」ことで、初めて(世界的な)マーケティング価値を見出していたことだ。