例えば、「自分が残ったら、説得を続ける母親も巻き添えにしてしまうかもしれない。だから、自分は母親と一緒に避難所に向かう」という見方である。

 家にこもっているといっても、精神的には自由にはなっていない。だから、その一瞬は周囲に合わせて、臨機応変に動くというわけだ。

 また、消防や自治体、町内会などの周囲の人たちが、最後まで残っている人たちを探して、津波に流されたという報道もあった。「自分が1人家に残っているということで、周囲の人たちが助けに行かざるを得なくなって、津波に流されてしまったらと考えると、避難所に行ったら迷惑がかかるという話は通用するとは思えない」というのである。

 あくまでも、他人を気遣う人たちなのだ。

 一方で、こんな推測もあった。

「津波よりも、避難所にいる人のほうが怖かったのではないか」

 これまでの経験から、裏切られたり、信じられなかったり、敵みたいに思っていたり。「人と交わらないほうが安全」という。

 さらに、「避難はおっくうだった」という言葉には、「避難所へ行ったら、自分の存在をどう周囲に説明するのか。あれこれ駆け巡って出られなくなっていたのではないか」という人もいた。実際、避難所へ行けば「何で引きこもりに食糧をあげなきゃいけないんだ!」といわれるかもしれない。

 一生関われないと思っていた避難所で、どうなるのか。自分の存在は、社会にとって、意味のない存在。自分も確実に消えることができるのなら…って考えてしまったのかもしれない、というのである。

 まるで究極の選択を迫るマイケル・サンデル教授の「白熱教室」のような感じだが、本当のことは本人にしかわからない。

 いずれにしても、この男性のように、何らかの理由で避難することのできない「引きこもり」の災害弱者も、相当数いたのではないかと推測できる。

 ただ、彼が現在「避難所生活がそんなに苦ではない」といって、取材まで応じているのは、津波に流されながらも救出され、避難所に運ばれた自らの運命をきっと受け入れたからなのだろう。