一方、20代のビジネスマンは、就職して以降もSNSなどで常に学生時代の仲間の近況を知ることができる。投稿にたまに「いいね!」を返していれば、直接会ったり、電話やメールをするというアクションがなくても、十分「仲間」としてつながっていられるだろう。

 すると、職場は純粋に「仕事をするだけの場所」となり、かつてのような「共同体」の感覚は自然と持てなくなる。その結果、仕事をするために知り合った同期に「さん付け」してもおかしくない状況がうまれてくる。仕事で思うように成果がでなければ、「職場に自分の居場所がない」と感じる若手社員がいるのも、そのためだろう。

 会社や職場の同僚、同期、学生時代の仲間に対する感覚には、簡単には埋められないジェネレーションギャップが存在している。

「お客さん」「お客様」
顧客の呼び方の違いが上下関係の変化を象徴する

 このような仕事と職場に関連する世代間の感覚ギャップは、さまざまなところで生まれている。

 2つ目のギャップは「対顧客」の感覚だ。

 2000年ごろまでは、小売業や接客業などを除いては、顧客を「お客さん」と呼んでいる企業のほうが多かった。そのころは、受注側に「お客『さん』の懐に飛び込む」協働の感覚を持つことを良しとする考え方が優勢だった。

 発注元と受注者は「パートナー(仲間)」であり、その先にある最終目的のために一緒に成果を出すものだった。そして、目的遂行のためには、お互い上手に使い・使われることがもっとも重要である。したがって、私も若い頃、発注側のオジサンから「秋山ちゃん」などと親しげ(ちょっと気持ち悪く)に呼ばれたりしたものだ。デメリットとしては、居心地の良さを優先して「なあなあ」の関係になってしまうことだろうか。

 一方、多くの企業が顧客をお客「様」と呼ぶようになってから、発注・受注間の上下関係がはっきりしてしまった。顧客は、受注者であるこちらが「提案」したものを「評価」し、その対価を支払う存在になった。お互い、プロとして仕事に徹するようになったと言えなくもないが、上手く関係を作れず、発注側が過剰に自分を「上位だ」と勘違いすると、受注側が「下僕化」する恐れもある。それがある種のハラスメントにつながることもあるだろう。

 先の2人の若手社員が勤める会社の社長は、「我々の指導が悪いんだけど」と前置きした上で、「みんな優秀だけど『お客さん』との距離感の作り方が下手になった」と嘆いていた。

 感覚の違いが呼び方の違いとなって表れるように、必ずその逆もある。私はこの状況を、企業が「お客様」などと丁寧に呼び、ポジションを高くしすぎたことの弊害ではないかと思っている。